第18章 白銀 ※ ―ユキside―
昼過ぎから降り始めた雪は、止む気配がない。
屋根も、土も、植木も、アスファルトも、元の色が絵の具で塗り替えられてしまったみたいに、白く染められてゆく。
新緑の時季ならば、目が覚めるような青々とした竹林。
空気が澄み渡り、鰯雲が空に映えるようになると、赤、橙の濃淡が風情を見せる紅葉。
ホームページでそんな風景を彩っていたこの旅館自慢の庭園は、今やすっかり雪化粧を纏い、真冬の趣を見せている。
「さすがに寒かったな」
「うん。でも楽しかった」
この近くにある美術館を訪れ、その後温泉街を散策してから客室に戻ってきた俺たちは、室内の暖かさにホッとひと息ついた。
窓から一望できる山々には、絶え間なく雪が降り積もっていく。
箱根駅伝からは、一ヶ月が過ぎた。
復路を終えたあの日からハイジは入院し、しばらくの間竹青荘を空けた。
俺の足の傷も日を追うごとに塞がり、ハイジが退院する頃にはすっかり元の肌色を取り戻した。
時折ふと思う。
箱根を走ったことが、夢だったのではないかと。
けれども、右脚を引きずりながら歩くハイジの存在が、俺に現実なのだと知らしめてくる。
引退組の俺たち以外は、相変わらず毎朝ジョグに出掛けている。
その中にハイジはいない。
やるせない思いでいるこっちの気持ちを知ってか知らずか、ハイジの料理の腕は上がった。
もっぱら和食だったハイジの料理だが、最近では料理本片手に洋食や中華などにも手を出し、食卓に並ぶようになった。
もう少しリハビリが進んだら、自転車を漕いで練習にも参加するそうだ。
走らずとも、アオタケの面々を家で待つ姿でさえ生き生きして見えるのだから、清瀬灰二という男は不思議だ。
「ユキくん?疲れた?」
舞が黙ったままの俺を気にかける。
「全然」
「それならいいけど。あ、寒いからお茶飲もうか」
そう言って、テーブルに用意された急須に茶葉と湯を注ぐ。
のそのそと上着を脱ぎ、舞の向かいの座布団に座った。
濁りのある鮮やかな緑色は、流石こういう場所で扱っている緑茶だけある。
コンビニに売っている黄色にも近い緑茶とは違い、さぞ高級なのだろう。
いや、決してコンビニの緑茶をディスっているわけではない。
あれはあれで美味しく頂いているし、正直俺には緑茶の味わいだとか深みだとかはよくわからないのだ。