第17章 大手町にて
―舞side―
今が三が日だということを忘れそうになる。
行き交う人々の中に着物姿の女性を見つけたり、テレビ中継の合間のCMから新年の挨拶が聞こえてくることで、そう言えばそうだった、と認識する。
箱根駅伝がスタートしてからは、時間の流れが早くも遅くも感じられる不思議な感覚だ。
私とユキくん、ジョータくんは小田原を発ち、大手町に向かっている。
復路のフィニッシュ地点で、アンカーの到着を待つために。
最終ランナーは、ハイジくん。
ひとつ気がかりなことがある。
ハイジくんは今朝、ホテルでスポーツドクターの診察を受けていたのだ。
脚の調子が良くないのではないかと、ホテルに宿泊したみんながざわめいた。
「念には念を入れただけ」―――安心させるようにハイジくんは言ったけれど、果たして本当だろうか。
ハイジくんは本音を隠す。
良くも悪くも嘘つき。
大事な局面が控えているならば、自分のことで気を削がれている場合ではないと考える人だ。
我が身よりもみんなのことを考えられる、厳しくも優しい人。
いつだったか、右膝の故障で一度は陸上を諦めたことを教えてくれた。
「弱かった」と自分のことを語ったハイジくんだったが、ある日を境に奮起し、走り始めた。
距離を伸ばし、時間を伸ばし、不安定な脚を使いこなせるよう地道に努力する姿を、私は知っている。
ここまで来たら、もう何も言えない。
箱根駅伝はハイジくんの夢だった。
私が出会うずっと前からの、大きな夢。
それが叶った今、脚を守りながら走るだろうか。
違う、と言い切れる。
きっとハイジくんは、再び壊れるのを承知で走る。
今日を境に、今度こそ二度と走れなくなったとしても。
約1時間程電車に揺られ、横浜駅に到着した。
ホームに降り立つなり冷気が体を包む。
電車の中は真冬の寒さを忘れるほどの暖かさだったのに、一気に現実に引き戻された気分になる。
「神童くん!」
芦ノ湖から1人で移動してきた神童くんを、駅の構内で見つけた。
ターコイズブルーのジャージは遠目からでもよくわかる。
この季節はダークカラーのアウターを着ている人の方が多いから、尚更だ。