第15章 天下の険
『今年の東京箱根間往復大学駅伝競走、幕開けからゆっくりなペースが続いています』
イヤホンから送られてくる情報に耳を傾けつつ、ハイジくんと共に電車に乗った。
ランナーの状況やタイム、順位を知る術のひとつは、テレビ中継。
そしてもうひとつは、運営管理車に乗る田崎監督との電話。
運営は一定距離ごとの所要時間やポイント地点でのタイム計測を行っており、それに基づいて前後との差、区間順位を割り出す。
各大学の監督は与えられる情報を頼りに、選手後方から直接指示を出すというわけだ。
例年に比べると今年はスロースタートらしく、テレビのアナウンサーがそれを知らせる。
監督と電話で話し終えたハイジくんが、私のスマホを覗き込んだ。
「監督さん、何て?」
「もうすぐ10kmを通過するところだが、淡々と走っているそうだ。付いていけている時点で満点だよ」
「そう。王子くん、他の選手に隠れててよく見えないね」
位置がわかる程度にはテレビに映っているものの、正面からのアングルではフォームも表情もはっきりしない。
「いいんだ、これで。後半何が起きても引き離されないよう、前半はとにかく体力を温存することこそが重要なんだ。利用できるものは何でも利用する」
「利用できるものって…それが他のランナーってこと?」
「そういうこと。王子の風除けになってもらおう」
集団の後方にピタリとくっついている王子くん。
ハイジくんにそう言われてから見てみると、真冬の冷たい向かい風に晒されないよう、身を潜めているように感じられる。
走り始めた頃のことを思うと本当に見違えた。
多摩川までの5kmだけでも屍のようになっていた王子くんが、今は箱根駅伝という大舞台で他の選手に付いて走っている。
「舞ちゃん。降りようか」
「あ、うん」
中継に集中しているうちに目的地に辿り着いたようだ。
一旦スマホからは目を離し、音の情報だけで状況を把握するしかない。
「ここからだよね…」
「大丈夫。食らいつくさ、王子なら」
ハイジくんの「大丈夫」は不思議なもので、本当に大丈夫だと思える安心感がある。
努力と根性ならチーム一番と言っても過言ではない。
王子くんはきっと、大丈夫。