第1章 Under the Cherry
「ごめんね。それならそうと言ってくれればよかったのに」
桜の根元から退いて謝罪する沙羅に、破面の男は吐息をもらして。
「全くだな。まさかここまで起きないとは思わなかった」
「え……いつからいたの?」
「三時間は経ったか」
「三時間っ!?」
素っ頓狂な声を上げて沙羅はすぐさま時計を確認した。
公園の時計台が指し示している時間は――六時。
「やだっ! 約束の時間とっくに過ぎてるじゃない! 黙って見てないで起こしてくれればよかったのに!」
「おまえな……」
元の表情よりも更に仏頂面になっている男には目もくれず、わたわたと身支度を整える。と、そこに。
「……見つけたわよ……」
「ひええぇっ!」
肩を震わせて振り返れば、両手に買い物袋を引っさげた乱菊が公園の入り口に仁王立ちしているのが視界に入った。
「今何時だと思ってんのよ! 探したんだからね!」
「ごめんごめん。実はその――」
凄みのある形相で詰めよる乱菊に気圧されて、仕方なしにチラリと背後を見やる。すると。
「……あれ?」
桜の木の下には誰もいなかった。ほんの一時前まで誰かが存在していたなんて嘘のように、跡形もなく。