第5章 Connaissance de la viande.
「俺は学園の行事で肉魅の焼いたステーキを食ったことがある…。
あの…、あのレベルの肉は…、飲める!!!」
寛一が真剣に言うと、
「飲める!!??」
と創真は驚いたように琥珀を見た。
『え?あぁそうね…。
質のいい…、というより、脂の融点が低いお肉は本当に飲めるわ。
飲めるというより、舌の上でお肉が溶けてしまうのね。
本来なら牛肉は、羊肉の次に脂の融点が高いお肉なの。
だから、A5だからといって溶けるとは限らないのだけど、
牛肉のなかでも1価不飽和脂肪酸のオレイン酸が
含まれているブランド牛なんかは舌の上でお肉がすぐ溶けるのよ』
へぇ…と感心したように創真と寛一が頷く。
「とにかくそうなんだよ!
噛んだ瞬間肉から旨味の塊へと進化し、
喉をつるんと通り抜けてゆく。
あんな肉店で注文したら諭吉が何枚も飛んでいくだろうよ!
…そして、これも重要な点だが食戟で使う食材の全ては、
当事者が自ら用意しなければならない!
食材の調達も、料理人の技量のひとつだからだ!!
水戸一族は大規模な肉の卸業を展開してて、
牛肉業界の一角を牛耳っている…。
資金力、設備力、流通ルート、これらすべてが
肉魅の最高品質の料理を構築してるわけだ…」
とだんだん語尾に気力がなくなっていく寛一。
「自分で喋りながら萎れてる…」
と創真は引きながら少し考える素振りをする。
あのさ、と創真は寛一の方を真っ直ぐ見た。
「…でもやっぱり、丼研も牛肉で行こう」
それを聞いた寛一は、はあ!?と創真に詰め寄る。
「おい幸平!!俺の話聞いてたか!?
牛じゃ到底肉魅には…!」
創真はそれに被せるように言う。
「小西先輩も言ったじゃん。丼は早い旨い安いだって」
寛一は少し驚いたように息を呑む。
「肉魅はそれを馬鹿にしたんだぜ!?
丼を認めさせるには、
牛肉のお手頃メニューで勝たなきゃ意味ないでしょ!
あと変に高級食材使うのもナシな!
丼の魅力はそこじゃねぇもん」
寛一は慌てたようにクシを取り出し、
自前のリーゼントを梳かし始める。
「…と、時に男は、己の信念を曲げてでも、
守るべきものが…」
創真はそれを遮って立ち上がった。
「じゃ、早速買い出しだ!!」