第2章 新月の夜に/中原中也
「だぁーっくそ!!ほんとむかつくぜあの青鯖野郎!!」
ガン!とウイスキーが入ったグラスをカウンターに、隕石の如く振り下ろす。
まだ、半分以上残っているウイスキーが衝撃で、周りに雫をつくる。
「しぃ…お客様、お静かに」
「お静かにっつったって、俺以外誰もいねーじゃねーかよ」
カウンターの向こう側にいる、ショートヘアの女性バーテンダーの諭すような言葉に対し、ポートマフィアの中原中也は口を尖らせる。
時刻はもうすぐ0時を超えそう。
ここ、ヨコハマのはずれにあるひっそりとしたバーは、彼が来店したことによって、閉店の時間を遅らされた。
あまり客が来ず、ほとんど常連からの親切で成り立っているようなところだった。
中原も、その常連の一人である。
「それにしても、今日は夜が一段と深いですね。新月でしょうか」
バーテンダーは流れるようにカウンターから出ると、小窓から空を覗く。
窓はあまり大きくないため、空全体が見えることはない。
うーん、と言いながら小窓の前でバーテンダーは頭を動かす。
「そんなちっせー窓から、見えるわけねーだろ」
そうですよね、と彼女はため息をついてカウンターに戻ると、再びグラスを磨き始めた。
「そういえば、さっき言ってた『青鯖』さんは、先週も仰っていた『包帯の方』と同一人物ですか?」
「あぁそーだよ。ほんとにむかつくだけじゃ済まないぜ、あの男は」
盛大に舌打ちをすると、中原はウイスキーをぐっとあおる。
それなら…と彼女は顎に細い指を当てて、目を瞑った。
頭の中に、最近の記憶を巡らせる。
走馬灯のように、古い映画のフィルムのように、記憶が頭の中を走る。
かしゃん、とフィルムが止まった。
「包帯をした、黒髪の背の高い方が、3日ほど前にいらしてましたよ」
「なんだとっ!?」
中原は、今度は勢いよく立ち上がった。