第10章 これは異能の所為/※森鴎外
部屋に入って少し進むと、広い部屋の真ん中に大きな机が置いてある。
その机の傍らに森鴎外は立っていて、資料を見ながら考え事をしているようだった。
どくん、と魅月の心臓が脈打った。
あれ、なんだろう…おかしい。
熱が一気に上がったような感覚に陥る。
視線の先には、鴎外の横顔。
まとめられた髪、後れ毛、整った顎先に添えられている、白手袋に包まれた指、それで…
「(私、なにを、考えて…?)」
一瞬だけ浮かんだ邪な考えを払拭し、「首領」と声をかけようとしたが、それよりも先に彼の方が魅月に気がつく。
「お疲れ様…どうしたんだい?顔が真っ赤じゃないか」
先の彼と同じことを言われたが、魅月は何も言い返さなかった。否、言い返せなかった。
魅月の邪な考えは、すぐに舞い戻ってきて彼女の無垢で聡明な脳は一気に侵食された。
彼に、触れたい──。
その頬、首筋、胸、腰、全てを脱ぎ捨てた、その先にあるであろう白くて薄い肌に触れたい。
今、すぐにでも。人目なんか気にしない。
抵抗できないようにして、私が、彼を、蹂躙したい。
「熱でもあるようだね。診てあげるから、こちらに…」
魅月の煩悩を知らず、鴎外は優しい言葉をかけてくれ
た。しかし鴎外がそう言い終わらないうちに、魅月は彼の元へ一気に距離を詰めると、筋張った首筋に腕を絡ませた。
鴎外の方はというと、突然の出来事に体が反応しなかった。
相手が魅月だったこと、自身の首を這うように回してきた彼女の腕の感触に、反応が鈍くなっていた。
だが、眼前に迫る魅月の表情といったら──。
「魅月…?どうしたんだい?」
眉間に皺を寄せ、目は困ったように潤い、唇は濡れてぽかんと開いている。
その唇はゆっくりと動いた。
「ごめんなさい、首領…」
背伸びをした魅月は、鴎外の首元に顔を埋めた。
薄い香水が混じった彼の匂いに満たされ、思わずため息を漏らす。そして、彼の筋張ったところに少しだけ噛み付いてしまった。
「…っ!?」
いつもの魅月じゃないと思い、慌てて引き剥がした。