第9章 熱帯夜にシャンパンを/森鴎外
会場の熱気とアルコールによって体が熱くなってきたと遠慮がちに伝えると、鴎外は人気のないバルコニーに連れていってくれた。
ちょうど大人2人分くらいの丁度いいスペースで、幸い他のバルコニーには誰もいなかった。
なので、ここには彼と2人きり。
でもまさか、ここへ連れてこられるとは予想しておらず、だが酒の回った頭ではいつものように切れ味鋭い言葉を、彼に言う気力もなかった。
夜風がふわりと2人の間を吹き抜ける。
間と言っても、何故か鴎外は魅月の腰に手を回したままで、間と言うにはかなり狭すぎる。
風が止んだ時、ふと彼の方からぽつりと言葉が落ちる。
「君は何故、私と一緒にいてくれるのかね」
「え…?」
唐突な質問に、魅月はつい素っ頓狂な声を上げた。
それがおかしかったのか、鴎外は口元に手を当てて上品に笑った。
「失礼。いや、この仕事をしていても、生涯を共にする伴侶にはなかなか出会えないよ。ましてや、足を洗ったとしても元はマフィアだ。誰がいつ君の素性をばらしたっておかしくない。それに、君みたいな美しい人は、きっと幸せになるべきだ…」
「…あの、さっきから何の話をしてるんですか?」
鴎外は我に返ったように魅月の方を見ると、彼女は頬を赤くしてぼーっとこちらを見つめていた。
「私、首領…、いえ鴎外さんと一緒にいたくてここにいるんですよ?私は臆病だから、仕事って理由をつけてないと一緒にいられないんです」
それに、と彼女は続ける。
「私は、どんな形でも鴎外さんと一緒にいられたらいいなって、いつも思ってます…」
腰に添えられた彼の手に、魅月は優しく触れる。
屈託のない笑みを浮かべられ鴎外は戸惑ったが、自分の考えがいかに浅はかで最適解では無いと思い知らされた。
自分が彼女を想うように、彼女も自分を想ってくれていた。
思わず鴎外は、魅月をそっと抱きしめた。
そして、「ありがとう」と魅月の耳元で囁く。
魅月は身動ぎすることなく、彼の抱擁を受け止めた。自分もまた、背の高い彼の首に手を回し胸に顔を埋める。
あぁきっと、これは酒のせいだ。
と思うのは願望で、きっとお酒に力を貸してもらっただけ。
まあでも、いつかしっかり伝えるからね、と鴎外は人知れずそう誓った。