第7章 危険なロマンス/太宰治
なるべく音を立てずに走っていた。
この辺りの廊下の床は、ご丁寧に絨毯があしらわれているため、大理石ほど気をつける必要はなかった。
しかし、念の為。
何時どこから彼が現れるか分からない。
それにこのゲームは魅月にとって圧倒的に不利すぎた。
敵の盤上でゲームなんて、こんなチートじみたことあってたまるかと怒っていても仕方ないのだが。
とにかく今は、速攻で逃げることに集中する。逃げ足だけは自信がある。
柱の陰に隠れ、少しだけ顔を出して辺りを伺う。
誰もいないし、監視カメラも無さそうだ。
一歩外へ出れば、もう私の勝ち同然。
そうしたら…と考え、声は出さず肩を震わせて笑った。
その震える肩に、優しくぽんと置かれた綺麗な手。
震えが硬直する。
「見ーつけた。かくれんぼ、弱すぎだよ君」
つまんないなあ、と続けた飄々とした口ぶりで彼は言った。
身体中の毛穴がゾワッと開くような感覚で、そこからじわじわと嫌な汗が出てきそうだった。
「次は、どうする?」
硬くなった肩に手を置いたまま、ポートマフィア幹部──太宰治が言った。
意外とあっけなかったなあ、とボヤくも肩に置いた手の力はだんだん強くなっていく。
自分の呼吸が少しづつ荒くなり、恐らく血圧も上がっていそうな感覚。
後ろに立っている彼の表情を見るのが、今までで一番の恐怖に思えて耐えられるか不安になる。
ただずっと、荒い呼吸を繰り返しているのみで、太宰としてはなんの面白みもなかった。
なので。
「こっち、向いてよ」
魅月の顎を左手で探り当てると、こちらを向かせると共に、肩に置いた手で器用に彼女のほぼ体全体を自分の方に向かせた。
若干内股気味に開いた足の間に、太宰は自身の右足をねじ込む。彼女の左肩を柱に押し付け、太宰は魅月の顎を持ち上げた。
「そう簡単に、私から逃げられると思った?」
酷く優しい言い方なのに、言ってることが修羅過ぎる。
心臓が警鐘を鳴らしていた。
ここまで来てしまっては、もう後戻り出来そうにないと嫌でも理解させられる。
魅月は小さく、ため息にも似た空気を吐出した。