第6章 湯煙に紛れて/芥川龍之介
先刻首領より、「大切な任務があるから、至急部屋に来てほしい」との通達を受け、芥川は首領の部屋へ足早に向かっているところだった。
あれこれと考えるも、思い当たるようなことがないので、何か新しい任務なのだろうと思うことにしておいた。
部屋まで来ると、ボディーガードはすぐに道を開ける。
三回、静かにノックをして「芥川です」と伝えると、「入っていいよ」と声がしたので、少し神妙な面持ちで入室した。
「首領、ご用件は何でしょうか」
森鴎外は、眺めていた色鮮やかな資料から顔を上げると、傍らにあった白い封筒を芥川に差し出した。
「これを君に渡そうと思ってね。開けてみてくれるかい」
封筒を受け取ると、なるべく丁寧に封を破いた。
中身を出してみると、どうやら券のようだった。
「箱根温泉旅館、ペア招待券…」
「この間の会食で取引先からいただいたのだけれど、あいにく有効期限内に使えそうになくてね。折角なら、芥川君と夜凪くんで行ってくればいいなぁと思ってね」
表情を変えない芥川を見て、森はさらに続けた。
「ここのところ、大きな案件も無い。もしあったとしてもこちらだけでどうにかするから、安心していいよ」
「それは、僕では不足ということでしょうか…」
眉間に皺を寄せる芥川に、森は首を横に振る。
「そうではないよ。ただ、このところ君はなかなか働き詰めだろう。気分転換も、任務のうちだよ。彼女の方には、既に話をしてあるからね。あ、それからもう、その旅館にはもう予約済で、二人の休みも決定しているからね」
最後の言葉で、芥川はもう無駄だ…と判断した。
ではお言葉に甘えて、気分転換して参りますと伝え、部屋を後にした。
残された森は、一抹の心配をしたが、まあいいさと考え直し、夕焼けに染る空を見つめた。
来週は天気が良さそうだ。