第5章 Dimbula/森鴎外
もう何もかもが失敗だった。
失敗は、今に始まったことではなく、森に対して恋慕の感情を抱いたところからそもそも間違っていた。
彼がさっき言葉を連ねていたように、手を繋ぎ、抱きしめ合い、キスをし、ベッドの上で愛情表現をしてきた。
その回数を重ねる度に、魅月は息苦しいような胸の痛みに苛まれ、理性と本能の狭間で宙ぶらりんだった。
そして今、このような状況下で、今自分か何をできるかと考えても無駄であることは明白だった。
私は既に、彼の手中にあったのだ。
心も体も、すべてにおいて。
彼に魅入られた以上、どうすることも出来ない。
欲に任せるのみだった。
彼に拳銃を向けるなんて、本当はそんなことしたくなかった。
魅月は、雇われていた組織からの生活資金援助を理由に、そこの長の命令に従っていた。
ポートマフィア首領の暗殺が大きな任務であったが、失敗した上に彼に恋愛感情を抱いてしまった。
もう帰る場所はない。
帰還し、拷問の末殺されるか、今ここで愛する人に殺されるかの二択を迫られた。
あぁ願わくば後者がいいなと考えてしまう。
このままどんな風に殺されるのだろう。
異能か、刃物、銃殺…
「あぁ、そうだ。君のいた組織、昨日壊滅したよ」
明日の天気の話でもするかのような口ぶりで、森は言った。
その言葉を理解するのに、少しばかり時間がかかったが、「え、」と声を出す前に視界が滲んで目頭が締め付けられるような感覚があった。
あぁ、私今涙を流している。
そう自覚した途端、とめどなく溢れてきた。
「こんな状態で涙を流すなんて、君はどこまで罪深いんだろう…」
はぁ、とため息をつく森に、魅月は涙でぐちゃぐちゃになった顔をなるべく背けた。
「ごめんなさい…本当に、ごめんなさい」
銃を向けたことへの謝罪か、「罪深い」という言葉への謝罪か、どちらとも取れるが、森は今酷い優越感に浸っていた。
さて、この後どうしたものかと考えながらも、震えている魅月の唇がちらりと目に入る。
体の奥底から炎が沸きあがるような強い感情に押され、森の唇は魅月の唇を捕らえた。
噛みつかれるような、咀嚼されるようなその行為に、魅月は呼吸するのが精一杯だった。
ディンブラの味を、彼女は一生忘れないだろう。
─END─