第5章 Dimbula/森鴎外
ヨコハマの中でも、五本の指に入る高層ビル。
その中にある、ポートマフィアが所有するビルの最上階。
首領、森鴎外はスリランカ産の紅茶を飲んでいた。
ふわりと、湯気とともにマイルドな香りが鼻をつき、彼は満足そうに眼を細めた。
あぁ、なんて上等な時間だ、と。
そして、そんな上等な時間を握りつぶすように、カチャリと何かを外すような音。
例えばそう、撃鉄とか。
「君も飲むかい、これ」
湯気を揺らめかせて、白いティーカップを向ける。
彼女の震える手には、一丁の拳銃。
撃鉄は外されていた。
引き金にはまだ指をかけておらず、彼女の体の震えが伝わって、的はすぐ近くのはずなのに照準は定まっていなかった。
「魅月くん、らしくないなあ。どうしたというのかな」
滑らせるような鋭い視線に、魅月は小さく息を呑んだ。
「わ、私は…ある組織のスパイとして、ポートマフィアに潜入し、貴方を殺そうと、その機会を狙っていました…」
ふう、と森はため息をつくと、ティーカップをソーサーに戻し、すっと音もなく立ち上がった。
紅茶の湯気が揺れる。
そして、穏やかな笑みを浮かべると、彼女のほうにしっかりと向き合った。
その穏やかな笑み、目に対して異様な恐怖を感じた魅月は、自己防衛の本能からか引き金に指を滑らせた。
あぁこんな時に何で私は、紅茶いい香りだなあなんて呑気なこと考えてしまっているんだろう。
「首領…いえ、森鴎外殿。少しの間でしたが、お世話に、なりました…」
私は、私を守るために貴方を殺します。
そう続けると、引き金にある指に少し力を込める。
「ひどい話じゃないか。君と私は、恋人同士だっただろう」
恋人、という言葉に、魅月は少し体を強張らせた。