第7章 ⑦
5時間目の終了を告げるチャイムが鳴ると御幸は教室に帰ろうと思った。
結局何も変わっていない。それでもいつまでも保健室にいる訳にはいかない。
グラウンドで体育の授業を受けていた1年生が戻ってくるのを見守ると椅子から立ち上がった。その時、保健室のドアが開く。反射的にそちらを見ればそこに立っているのは永原。手には倉持が渡した保冷剤。
「あ……」
固まる御幸に対し永原は表情を変えずに御幸に近付く。その表情は少し強張っていて御幸の緊張を高めていく。
「ごめんね。御幸くん。顔色が悪そうに見えたから心配になって…余計なお世話だったんだよね?ホント、ごめん。」
何で永原が謝ってるんだ?理不尽に手を払い除けたのは俺なのに。俺のことを純粋に心配してくれたお前の手を危うく怪我させそうになってたのに。何でお前が泣きそうになって謝るんだよ……
永原の目には徐々に涙が溜まっている様子が御幸の目に映っている。手が震える。冷たく体温を無くして。
「謝るなよ……」
それは小さく絞り出すような声。普段のよく通る御幸の声からは想像も出来ないような酷く掠れた声。
「え……」
「永原は悪くないだろ…頼むから謝るなよ…」
「でも…」
「とにかく、もう謝るな!悪いのは俺なんだ。永原は何も悪くない。ごめんな。」
「御幸くん……」
それ以上、言葉は互いに続かなかった。だけと、永原ははっきりと見た。御幸が苦しんでいるその姿を。苦痛に顔を歪ませ今にも泣き出しそうで。
普段の精悍な顔つきからは想像も出来ないようなその表情。苦しくて痛くて辛くて…
だけど、御幸本人がその苦痛に気付いても永原にそれが分かるはずもなかった。