第6章 ⑥
倉持の意見は最もだ。
野球部員が女子生徒に手を上げ怪我を負わせるようなことがあっては最悪、本選出場権が取り消される。それは甲子園への夢が絶たれるということ。
「悪ぃ…そんなつもりじゃなかったんだけど、気付いたらあんなことしてて…」
はぁぁぁ…と倉持の盛大なため息が聞こえるとぐったりと肩を落としている。
倉持とて御幸とは1年生からの付き合い。部屋は違えど同じ寮に住み、寝食を共にし、同じ夢を目指し厳しい練習をしてきた仲間。さすがに御幸のここ最近の変化に気が付いてなかった訳ではない。
最初は何か分からなかった。特に練習中はいつもと全く様子が変わらないのだから。それでも、グラウンドを一歩出ると、野球から少しでも離れた御幸は何かが違った。
例えるなら初めて壁にぶつかり戸惑い怯える子どもの様な……
その戸惑いの原因が野球以外なのは倉持にも分かったが、何かまでが分からないでいた。だが、倉持にもようやく理解出来た。
「とにかく、この時間は教室に戻ってくるな。少し頭を冷やせ。お前が今、何に悩んで怯えてるのかこの一時間で向き合え。お前自身が逃げててどうする。」
それだけ告げると倉持も教室に戻って行った。
残された御幸は椅子に座ると窓の外を見た。グラウンドでは1年生だろうか…体育の授業が始まっている。そういや、俺の授業は英語だったっけ…ぼんやりそんなことを思いながら倉持を思い出す。
何に悩んでる?何に怯えてる?そんなの知りたくなかった。野球以外に向き合うものがあるなんて初めて知った。今はそれから逃げ出したくて仕方ない。
「逃げるが勝ちって言葉もあるだろ……」
自覚した想いに頭を抱えチャイムが鳴るのをひたすら待った。