第2章 ②
思わず校舎の方を振り返ると沢村の声が響く。
「キャップー!球受けてつかーさい!」
「え?あ、あぁ。分かった。」
「へ……?」
頼んできた沢村本人もだが、その場にいた全員の時間が止まった。
いつもは沢村が投球練習をねだっても意地悪く「やだよ」とからかうか、きちんと理由を説明してなぜ今投球練習してはいけないのかを説き、本当に沢村と投球練習するときはむしろ御幸から声をかけていた。
それが、二言返事で了承したのだからそりゃ沢村も勝手が違って戸惑う。
「は?嫌なのか?」
「い、いえ!ようやくキャップも素直になりやしたか!」
実はこの時、一番驚いたのは御幸本人。
吹奏楽部の演奏の音にふと「永原あそこにいるのか…」なんて考えていて沢村の声に思わず分かったと答えてしまったのだ。
はっ!と気付いたがそこは流石の御幸。そんな焦りは1ミリも見せずにいつものように沢村とじゃれ合う。
練習が再開され、沢村と投球練習場に向かう間も小さく吹奏楽部の演奏は聞こえていた。
「なぁ、沢村。」
「なんすか?はっ!やっぱり球受けてやんねぇとか言うんでしょ!」
「何でだよ!ったく…違ぇよ。演奏…」
「はい?」
「吹奏楽部の演奏ってここまで聞こえてた?」
「え……?ああ、そういや聞こえますね。言われてみれば聞こえてたような…聞こえてなかったような…」
不思議そうに首を傾げる沢村に御幸はもう一度耳を澄ます。
やはり今日ははっきりと音楽が聞こえる。
練習を鼓舞するいつもの声に混じって心地よい音楽が。
思わず口元が綻ぶ。そんな御幸に何かを感じた沢村。初めて見る憧れの先輩のその姿に沢村の口元もまた綻ぶとボールをしっかりと握りブルペンに立った。