第1章 君の音色/志水
最近、日野先輩の音が少しづつだけど、変ってきています。
それは、とても綺麗で優しくて…
──どことなく、切ない。
僕は、その音が好きだなって思ってて…
けど、その音を聞くと…
“ある人”を思い出すんです。
その事をリリに言ったら、
『──なるほど!お前にも近いうちに“コノ楽譜”が必要になるかもしれんな!』
と、渡されたのは、エドワード・エルガーの“愛の挨拶”。
その時は、まだ意味が理解出来ないでいたけれど…
今日、“少し”解った気がしました。
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いつもと同じ放課後。
違ったのは僕が練習室へ行くのではなく、屋上へチェロを持って行った事でした。
今日は天気が良くて、風向きも緩やかで…
教室から見えた夕日が余りにも綺麗だったから…
何だか、居ても立っても居られなくて。
多分…直感でしょうか。
“音が聞こえる”
そう、体が感じとっている気がしたんです。
僕はチェロを背に担ぎ、せっせと屋上へと続く長い階段を登りました。
すると、やっぱり音が聞こえてきて…
無意識でしたが、踊場で足を止めて瞳を閉じると、流れる音を辿りました。
音は、僕が探す“降ってくる”モノとは違っていて、実際に誰かが楽譜を見て“奏でている”モノでした。
そして普段、聞き慣れた楽器の音色。
「…チェロだ。」
まだ、あどけない音。
けれど精一杯、何度も何度も同じ所を奏でる音色は、とても誠実で健気です。
僕は足早に残りの階段を登り切ると、屋上の扉を開けました。
光と共に差し込んだ先…
──そこには、
夕日に朱く染められながら、チェロを抱える邑林望さんの姿でした。