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蝶と蜘蛛

第86章 坂道の先に


バスの方まで戻ると、すでにみんな乗り込んでしまった後だった。
会場には「本日はご来場誠にありがとうございました」と終了のアナウンスが静かに流れている。

バスの横には小野田くんだけが立っていた。
肩で息をしながら、まだどこか現実を飲み込めていないように見える。

『…小野田くん』

声をかけようと一歩踏み出した、その瞬間。
小野田くんの背後に、風に揺れる長い玉虫色の髪が見えた。

「よぉ、小野田」

その声を聞いた瞬間、小野田くんは勢い良く振り返る。
目を見開いたまま、口を開けたまま、まるで時間が止まったように動かない。

なかなかバスに乗り込んでこない小野田くんを心配して仲間達が続々と窓から顔を出す。
そしてその視線の先に、さっき見送ったはずの裕介さんの姿を見つけ息を飲んだ。

「よくやった。頑張ったな、坂道」

裕介さんは静かにそういって、小野田くんの頭に手を置く。
その一言に、張り詰めていた小野くんの涙腺が崩れた。

こらえ切れずに泣き出した小野田くんを裕介さんは力強く抱き寄せた。
小さな身体がその胸の中にすっぽりと収まる。

窓から見ていたメンバーも次々とバスから降りてくる。
笑い声と泣き声が山頂の空気に混じる。
そこにはただ、仲間の再会を祝うような、温かな空気が満ちていた。
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