第81章 旅立ちのとき(巻島目線)
出発ロビーの空気は、どこか現実味がなかった。
人のざわめきもアナウンスの声も全部遠くでなってるように聞こえる。
隣にはいつものように穏やかな顔で立つ茉璃。
けれど、その笑顔の奥に隠れている不安も寂しさも、全部わかっていた。
本当なら強がって”すぐ戻る”なんて軽く言えばよかったのかもしれない。
でもそんな言葉を口にした瞬間、その想いが軽くなってしまいそうで、言えなかった。
アナウンスが登場案内を告げる。
ついにその時が来た。
胸の奥がぎゅっと痛む。
振り向けば茉璃が微かに唇を噛んでいる。
涙をこらえて笑おうとしているその顔がどうしようもなく愛おしかった。
その時、ポケットの中で携帯が鳴った。
「…東堂」
画面を見て思わず苦笑する。
あいつらしいタイミングだ。
『もう、尽八ったら…どうせ”友の船出だから祝わねばならんと思ってな!”とか言いだすんだよ?』
茉璃は呆れたように笑う。
その笑顔があまりにも自然で、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
「…じゃあ、行ってくるショ」
『…うん…いってらっしゃい…!』
その一言で、心の中がいっぱいになる。
泣きそうなくらい嬉しくて、泣きそうなくらい苦しかった。
めいっぱいの笑顔を向けてくれる茉璃。
その笑顔を、俺は一生忘れないと思った。
「愛してる」ーー声にはならなかったけど。口の中でそう呟いた。
振り返らずに歩き出す。
スーツケースのキャスターが床を滑る音だけが響く。
背中に感じる視線が痛いほど熱い。
それでも足を止めなかった。
…また必ず会いにいく。
その時も笑顔で迎えてくれるよな。