第80章 旅立ちのとき
電車に揺られて空港に着くと、人のざわめきとアナウンスの声が混ざり合って、どこか現実味のない空間に感じた。
出発ロビーの端の窓際。
飛行機の機体が朝日を受けて光っている。
隣に立つ裕介さんの横顔を私は静かに見つめた。
『…もうすぐですね』
「…あぁ」
短い返事。
でもその声に込められた想いが伝わってくる。
裕介さんの手が私の方に伸び、指先が触れ合った。
「離れてても、ちゃんと繋がってるショ」
裕介さんの声が少し震える。
それでもまっすぐに見つめてくるその目に涙が滲んでぼやけていく。
だめだ。笑って送り出すって決めたのに。
『うん。私、待ってるから』
気づけば頰を涙が伝っていた。
裕介さんは小さく息を吐くとそのまま私を抱きしめた。
「泣くなって言っても…無理ショ?」
『ごめん、無理…』
「…俺もだ」
胸の中で、裕介さんの鼓動がゆっくりと響く。
その音が耳に刻み付けられていく。
「ちゃんと食えよ?」
『うん。裕介さんもちゃんと寝てね』
「約束ショ」
『うん。約束』
アナウンスが裕介さんののる飛行機の登場案内をする。
その瞬間、現実が容赦なく押し寄せて来た。
胸の奥がぎゅっと痛んだ、その時ーー
裕介さんのポケットから突然着信音が鳴り響いた。
「…東堂」
ディスプレイを見て裕介さんが小さく息を吐く。
『もう、尽八ったら…どうせ”友の船出だから祝わねばならんと思ってな!”とか言いだすんだよ?』
思わず顔を見合わせて2人で笑った。
その笑い声が張り詰めていた空気を少しだけ和らげてくれる。
「…じゃあ、行ってくるショ」
『…うん…いってらっしゃい…!』
涙をこらえてめいいっぱいの笑顔を向けた。
裕介さんも少し照れ臭そうに、それでもしっかりと笑い返してくれる。
背を向けゲートへと歩き出す彼の背中が、少しずつ遠ざかっていく。
最後に振り返ったその瞬間、裕介さんの口が「愛してる」と動いた気がした。
その姿が人混みに紛れて見えなくなるまで、私はただじっとその背中を目で追いかけた。