第1章 玉虫色の彼
そんな先輩に困り果てていたその時、坂の下のカーブの向こうから、大きく左右に揺れながら駆け上がってくるロードバイクの姿が見えた。
(何、あのダンシング…)
そんなことを考えながらボーッとそのロードバイクを見つめていると、先輩が突然、私の肩に両手で力強く掴みかかってきた。
『ちょっと!やめてください!』
そう大きな声を上げると
「そこ、邪魔ッショ!」
と声をかけながら先ほどのロードバイクがものすごい勢いで近くを通り過ぎていく。
先輩は驚いたのか私の肩を離したので、私は一歩後ろに下がり先輩との距離を取る。
先ほどのロードバイクはというともう坂を登りきったようでその後ろ姿も見えなくなっていた。
かと思ったら、途中でUターンをしてきたのかこちらへ戻ってきて、先輩に向かって怯むことなく声をかける。
「その子、なんか困ってるショ。」
その言葉に先輩は一旦驚いたようだが、また彼に向かって声を荒げる。
「は?お前には関係ないだろ。黙って引っ込んでろ。」
「…その子、俺の彼女ショ。」
突然のその言葉に、私は言葉を失った。
「う、嘘だ!富永さんに彼氏なんて!しかもこんな変な髪色のやつだなんて!うわぁぁぁ!!!」
先輩はなんだか泣きそうな顔になり、叫びながら坂を駆け上がっていってしまった。
「あ、あの…急に彼女なんていって悪かったショ…」
その顔から、彼が私をこの状況から助けるために咄嗟に嘘をついてくれたのだと理解した。
『あ、あの!』
「じ、じゃあ、もう行くショ。」
私がお礼を言おうと声を上げると同時に彼は俯いたままロードに跨り、また坂を登っていってしまった。
『お礼、言いそびれちゃったな…』
そう呟きながら、私はその玉虫色の少し長い髪の毛とすらっと伸びた手足、そしてその独特なダンシングから目が離せなくなっていたのだった。