第75章 最後の時間
部屋へ着くと裕介さんはベッドへと腰をかけ、自分の隣をトントンと指で叩いた。
裕介さんは黙ったままこちらを見つめそっと私の肩へ手を伸ばしてくる。
髪や首筋に触れる指先の温度が、身体の芯まで伝わった。
息が近く、心臓がうるさい。
「暑いか?」
『ううん、ちょっと…ドキドキしてる、だけ』
そんな素直なことを言えた自分に驚いた。
でも同時に裕介さんをみると安心する。
全部を包み込んでくれるような裕介さんの細くしなやかな手とその視線に心の奥まで甘く温かいものが染み渡る。
いつの間にか膝が触れ、距離は少しずつ縮まる。
お互いに言葉は必要なくて、手の触れ合い、肩の距離、息の温度だけで心が伝わる。
「イギリス…行きたくなくなるショ」
その小さな呟きに私の胸がぎゅっとなる。
『…うん』
自然と答えが出て、声は小さく震えていた。
裕介さんはそっと髪を耳にかけ、耳の後ろに指を沿わせる。
思わず身体がピタリと寄る。
それだけの距離で全て感じ取ってしまう。
「ずっと…こうしていられたらな…」
『そうだね』
声を重ねる必要はなく、呼吸と指先の感触だけで心が確かに触れ合う。
外では蝉の声がまだ聞こえるのに、室内の時間は2人だけで止まったみたいだった。
夜風をカーテンを揺らす。
その音さえも、今の時間を邪魔せず優しく包むだけ。
朝が少しずつ近くまで、私はただ彼のそばにいて、肩の温もりや息遣いを感じながら、甘くて少し大人っぽい夜を噛み締めた。
言葉じゃなくても、心が全部伝わってる。
そんな気持ちで静かに夜を超えていった。