第64章 波乱の最終日
いよいよ最終日。
会場は昨日までとは比にならないほどの大勢の観客が押し寄せている。
夏の熱気と観客の熱気に包まれ、クラクラする。
この中をみんなは走るのだからしっかり支えなくてはならない。
私たちはみんなのボトルと補給食を手にスタート位置へとやってきた。
インターハイ最終日のスタート前。
凄い緊張感だ。
そんな緊張を破るかのように、幹の後ろからヌルッと現れたその男は軽薄そうな声を発する。
「可愛いのぉ、あんた」
「ひゃっ!?」
幹の小さな悲鳴で私たちの視線は一気にそちらへと集まる。
「彼氏おるん?1年生?エエ、おらんの?ほんじゃワシと付き合わんか?このレース終わったら」
『ちょっと!やめてください!この子から手を離して!』
私はその男の腕を掴み幹から払い除ける。
だが逆に私の腕を掴まれてしまった。
「ちょっ茉璃!」
裕介さんの焦ったような声が聞こえる。
「なんじゃあ。こっちの子もぶち可愛いのぉ。どっちでもええけぇ。ワシと付き合おうやぁ。」
「おい!ちょっ、離れろショ!」
裕介さんは声をあげ、そのほかの選手にも動揺が伝わっていく。
しかしこの男は気にする様子もなく勝手に話を進めた。
「もちろん。タダとは言わんけぇ。エェ。このレース、ワシがトップでゴールしたら…でどうじゃ?」
男の視線は金城さん、福富さんをまっすぐ捉えている。
その視線に2人とも鋭い眼光を向けた。
私はその隙にその男の手を振り払うと距離をとる。
『それは無理です。後続とはタイム差がありますし、私たちはこの日のために厳しい練習をしてきましたから』
「なかなかロードレースを分かっとるお嬢ちゃんじゃのぉ。一理あるのぉ。けどワシ、持っとるよ、星。」
きっとこれは選手たちを動揺させようとしているだけなのだろう。
この男、広島呉南工業の待宮という男はスタート前でいい雰囲気になっているこの空気をぶち壊しに来たのだ。
時刻はスタート8分前。
待宮は柵を乗り越えコース内へと入ると次は金城さんの手を握り始めた。
さすさすと妙に嫌な手つきだ。
待宮のいる呉南と先頭の差は約15分。
それをひっくり返すのは相当無理がある。
けどこの男はやろうとしているのだ。
待宮は高笑いしながらコースの外へと戻っていく。
なんだか嫌な予感がして不安が胸をよぎった。