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蝶と蜘蛛

第55章 小さな嫉妬


静かになったこの広い家で私は一人皿洗いを始めていた。
先ほどまでのおかあさんの笑顔が頭に浮かんで思わず頰が緩む。

その瞬間、背中に温かい気配を感じた。
振り向く間も無く腰に回された腕が私を包み込む。
背後から垂れた緑色お長い髪の毛が首筋にあたりくすぐったい。

『ゆ、裕介さん、どうしました?』
思わずそう尋ねると裕介さんは小さく笑う。

「母さんにはタメ口で話すのに、なんで俺にはまだ敬語なんショ」

耳元で囁かれてドクンと心臓が跳ねた。
顔が熱くなって行くのを誤魔化すように泡立つ皿を軽くすすぐ。

『お母さんがタメ口でいいって…それにお母さん話しやすいから…』
「ふーん。」

少し低く返されたその声がどこか拗ねたように聞こえる。
そして私を抱きしめる腕が本音少し強くなった。

「俺は…話づらいってことか?」

耳のすぐそばで裕介さんの声が囁くように聞こえてくる。
息がかかってくすぐったいのに逃げられない。

『話しづらくないですよ』

震える声で言うと裕介さんは少し笑った。

「ほら、また”ですよ”って言ってるショ」

図星を突かれて思わず俯く。
だけど裕介さんの腕は解かれないばかりかむしろ少し強くなっている。

「敬語、やめてほしいショ」

その一言が静かなキッチンに響く。

『…え、今…ですか?』
「あぁ。今だ」

笑っているのがわかる声。
でもその中に真剣さも隠れているようなそんな声で裕介さんは囁く。

そしてしばらくの沈黙の後、思い切って言葉を選ぶ。

『…わ、わかった。で、でも部活中はいつも通りだから…ね?』

自分でも驚くくらい小さくて照れた声。
裕介さんが一瞬息を呑んで、それから嬉しそうに耳元で囁く。

「わかったショ」

次の瞬間、またギュッと強く抱きしめられた。
背中に伝わる温もりがさっきよりもずっと近いような気がした。
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