第7章 紅玉の嫁入り
城での生活にも大分慣れてきた頃だった。
私はひとり自室にいた。
もうすっかり暗くなり、明かりは真ん丸に太った月明かりだけだ。
そこにきいっと扉が開く音が聞こえた。誰が来たかなんてわかりきっている。
「ねえジュダル」
「……なんだよ」
「私、別の世界から来たって話したことあったよね」
ジュダルはゆっくり私を見た。
「……そういやあったな」
「嘘だと思ってる?」
ジュダルは少し考え込むように言った。
「お前が言う世界は聞いたことがないから」
「他の世界のことは知ってるの?」
「……アルマ・トラン」
「アルマ・トラン?」
「この世界の前にあった世界。もう滅びた世界だ」
ジュダルは遠くを見ながら言う。
「組織の魔導士のほとんどはそこから来たらしい。聞いただけだけど」
彼ははあっと息を吐いた。
「で?お前は何だって言うんだよ」
ふふっと笑って私は言った。
「名前のことなんだけどさ」
「名前?」
そう、と私は一息ついて言った。
「《前》の世界での名前は違うんだ」
「『ルシア』じゃねえってことか?」
私は頷く。ジュダルは少しムッとした顔をした。機嫌が悪くなるときの反応だ。
「なんだよ」
「ん?」
「お前の名前、何?」
ジュダルが言った。それに私はくすっと笑う。
「秘密」
「ハア?」
「教えてやらない」
「なんでだよ」
「なんでかなあ」
ただ話したかっただけかも、と私は言った。
「《前》の世界での名前は、たくさんの人が知ってて、私の知らない人まで知ってて、それがなんか嫌だったのかな」
自分でもわからない。浮かんできた言葉を口に出していく。
「こっちでの名前は、自分が関わった人しか知らない。それが、」
勝手に塾の案内が来るわけでもないし、インターネットがあるわけでもない。
名もない私に知らない誰かが取り入ってくるわけでもない。
「心地よかったのかも」
私の答えにジュダルはふーんと言った。
「お前、有名人だったの?」
「違うよ」
ごく普通の一般人だったさ、と私は言った。
「そういう世界だったんだよ。情報化社会っていうのかな。あらゆる情報が世界中どこまでも流れる世界。確かに便利だけど今思えば、」
私は月を見上げた。月明かりといっても少し眩しい。
「虚しい、世界だったな」
ジュダルが「そう」と小さく言ったのが聞こえた。
