第1章 とにかくパンが好き
例え公衆の面前でされた公開告白だとはいえ、あの女子高生にもローにも失礼で、ばつが悪い思いをしていると、ムギの様子がおかしいと感じた友人が尋ねてきた。
「ムギ、変な顔してどうしたの?」
「うーん……。」
まるでライブ会場でアイドルが自分だけに手を振ったと言い張る女子のようで相談を躊躇ったが、結局は打ち明けてみる。
「ん、いや……。勘違いかもしれないけど、今電車の中からロー先輩に睨まれた気がして。」
見つめられているのなら乙女らしい夢のひとつも見られるが、あれは明らかに睨んでいる。
自意識過剰だというのなら、是非ともそうしたい。
しかし友人は、ムギの相談を馬鹿にするでもなく、なにやら納得したように「あー」と声を漏らしながらムギの手元を見た。
「それのせいじゃない?」
「え……、それって、パンのこと?」
両手でしっかり握った野沢菜パンに目を落としたら、友人はそのとおりだと頷く。
「うん。ロー先輩ってさ、パンが嫌いで有名だから。」
「は……?」
パンが嫌い。
そんな奇抜な人がこの世に存在するなんて、パンが大好きなムギには想像もできない理由だった。