第1章 とにかくパンが好き
翌日、いつもどおり早朝バイトを終わらせたムギは、欠伸を噛み殺しながら駅のホームに立っていた。
「おはよー、ムギ。」
「おはよ……。」
「眠そうだね。」
ムギを見つけて隣に並ぶ友人に頷きながら、これまたいつもどおり朝食用のパンを取り出す。
「ねぇ、前から言いたかったんだけど、駅でパン齧るのやめなよ。少女漫画の主人公じゃないんだから。」
「だってしょうがないじゃん。学校に着いたら、ボニーに取られそうなんだもん。」
「あー、否定できないわ。」
今日の戦利品はおやき風の野沢菜パン。
本当は店頭に並ぶはずだった焼き立てを、涎が垂れる勢いで見つめていたら、試食と称してゼフがひとつくれたのだ。
最近は、ゼフこそが理想のイケメンだと真剣に考えているところである。
「あ……。」
イケメンといえば、昨日の一件。
すっかり記憶の隅に追いやっていた事件は、少し離れたところで電車を待つ本人を目にして思い出された。
「ラッキー、今日もロー先輩が見れた!」
黄色い声で喜ぶ友人に対し、趣味が悪いな……と心の中で思ってしまった。
昨日まではムギもローを格好いいと思っていたけれど、あんな場面を見てしまったら、いくら顔が良くても心が萎える。
ムギたちが待つ電車が到着する前に、いつもと同じく特急電車がやってきた。
停まった電車にローが乗り込み、時間どおりにドアが閉まる。
ゆっくり発進する電車を眺めていたら、今日も今日とて電車の中のローと目が合った。
ドアの前に陣取った彼は、ムギを見ると不愉快そうに眉根を寄せる。
(……なに? 昨日の告白、なんだかんだで見てたのが嫌だったのかな。)
ローがムギの顔を覚えているかは定かではないが、心当たりがそれしかない。