第1章 1
1.ことの始まり
『今日のステージもすっごいよかったね〜!!』
『ほんと!がんばって有給もぎとってきたかいあったよ〜!!』
『そういえば、今日エル様銀色のバンで入りしたって噂出てたよ』
『え、嘘、終電までまだまだあるし待ってようよ!』
客席からは冷めやらぬ興奮の余韻だけを残し、人っ子一人といなくなった。
ワンドリンクを引き換えた客もいなくなり、ライブハウスは熱だけをそのままに1日の務めを終えようとしている。
エル様こと、ロゼは控え室にてその報告をライブスタッフから受けた。
「じゃあエルちゃん、そろそろホテルに戻ろうか。」
マネージャーが差し入れの選別を終わらせた紙袋を持って立ち上がる。
控え室のすみにあるゴミ箱周囲には、入りきらなかった「受け取り不可」の贈り物が大量に転がっていた。
ロゼはそれらに一瞥もくれることなく部屋をあとにした。
動画サイトの「踊ってみた」から一躍有名となり、メジャーデビュー。
今ではワンマンライブを行えるほど動員数を伸ばしたロゼは、「エル」という活動名で全国を駆け回っている最中だ。
今日はその最終日ということもあり、前売りは即完売。
一部チケットが高額転売されるという事態まで起こってしまった。
また、最近では過激なファンが増え、ストーカー行為に日々頭を悩ませている(特にマネージャーが)。
この後屑と成り果てるであろう「受け取り不可」にも、まるで嫌がらせのような「そういう愛」が大量に詰め込まれていた。
スタッフ達に誘導され、裏口から外へ出る。
あー、何時間ぶりの新鮮な空気だ、これ。
ロゼは肺の中のものを一掃させるように大きく深呼吸すると、出入り口前に回してもらっていたバンに乗り込む。
「エルちゃん、どうだった?今回のツアーは」
「ん、そりゃーもう大興奮!でしたね、何回イキかけたか」
「そういう話、ほんとSNSとかでうっかり言っちゃわないでね…」
「わかってますよー」
徐行運転のゆっくりとした走りで、彼女達のバンはゆっくりとライブハウスから遠ざかっていく。
いらない小言を貰ってしまったロゼは、ふてくされたように口を尖らせながら懐を探った。