第6章 完璧執事の、弱点
バタン
と、玄関の重い扉が閉まる音に合わせ、部屋を出た。
「おかえりなさいなせ、旦那様」
「ああハイセ、出迎えなどしなくてもいいよ。━━皇は、どうだった?」
旦那様よりも一歩下がって頭を下げれば。
旦那様は上着と鞄を寄越しながら、視線は2階、つまりお嬢様の部屋だ。
そのまま階段を昇ろうとする旦那様へと、声をかけた。
「僕が帰った頃にはすでにおやすみになられていましたので」
『お休みに』の一言で、旦那の足がピタリと、止まる。
「寝た?」
「ええ」
やや寂しそうな表情を見せる旦那様へと、笑顔で答え、頭を下げれば。
旦那様は切なげにため息を溢した。
「そうか」
「………」
少しだけ残る罪悪感が、頭を下げたまま体を硬直させる。
「下がっていいよ、面倒かけたね。水でももらってくるかな」
「いえ……」
右足を階段から下ろし、リビングへと向かう旦那様を頭を下げたまま見送って。
部屋へと、戻る。
パタン
と自室のドアを開ければ。
立ち込める、彼女の匂い。
甘い、匂い。
ローズマリー、ガーベラ、マリーゴールド。
年中欠かすことなく彼女の部屋に飾られる、花たちの香りだ。
ベッドへと横になり、すやすやと眠る彼女の傍らへと腰を下ろし、長くサラサラの黒髪を一束、掬う。
手のひらから溢れる髪たちを追うように、寝ている彼女の頬へと手を伸ばせば。
「……」
夢見心地に微笑んで、指先にすり寄ってくる。
寝ている時でさえ、僕の理性を掻き立てるのだ、彼女は。
少しだけ空いた唇へと指先を伸ばせば。
甘えたようにチュウチュウとそれに吸い付いてくるのだから。
「………おやすみ、皇」