第12章 日常
『ふぁあ……っあふ……』
一夜明けて本日何度目かの大あくびをする。目尻からは雫が何滴か垂れて泣き腫らしたような目が更に注目を浴びる。
結局片付いた筈の部屋は落ち着かなくて消灯時間を越えてもずっとトイレで直立不動で寝ていた。何かに取り憑かれたのかとルームメイトに泣きながら起こされたのは言うまでもない。
「さて、この文化の発祥は……」
講堂のような所で授業を受ける。が、体育会系の集う緑領の生徒達はロクに黒板を見もしない。当然俺も何がなんなのかさっぱりだ。
「えー、魔女狩りはドイツ発祥の……」
あれ、今母国の名前が出たような。
……こんな程度である。
板書する先生は必死に語るが聞く者はほぼ居ない。時折出てくる「魔女」という言葉から今話している事は想像は出来た。
大体魔女狩りなんて……何十年も前の話だ。ドイツ人の俺だって聞いた事があるかどうかくらいなのに。
「レーベ。ドイツではどうだ?魔女は」
『ふぁ?』
自分の名前を呼ばれたのは分かった。その後の言葉をよく聞いていなかった。
「ま、まじょ?」
「……あー……いや、何でもない」
気不味そうに黒板に向き直る先生の背中を見た。当然周りの生徒達は机に伏している事以外は何もしない。
『うう……ハーマン……』
泣き入りそうな声で呟いた。と、途端に昨日の事を思い出す。反射的に顔が真っ赤になって身体中が火照る。
幸いだったのは彼と同じクラスじゃなかった事か。今の状態じゃ話すにも話せない。
でも覚えてる。凄く良かった。気持ち良かった。
『……』
自慰したってこの感情は収まらない。こんな奴があの人の側に居ていいのか?
『……っ』
駄目だ、駄目だ!こんな俺が側に居て言い訳ない!絶対ない!あの人にはもっと釣り合う人が居るに決まってる!
そうだよ、何で俺なんか……
「レーベ!!危ないッ!」
俺なんか……
『ぬお?』
目の前には革製のボール。その硬さも迫る速度も、俺は知っていた。筈だった。
ゴッ、ではなくベキィッ……という痛々しい音がグラウンド一面に響いた。