第30章 映る
こうして調査兵たちがラム肉料理に舌つづみを打っているときに、テーブルの向かい側では。
「おいベン、さっきのなんだよ?」
「何が?」
「やたら繰り返していたじゃねぇか、“稀代の天才シェフのアレッポラ”ってよ」
「あぁぁ、それはな! 調査兵に紹介するときに “稀代の天才シェフのアレッポラ”と必ず言う約束だったからさ」
「あのひげ面のおっさんめ、腕は確かだが自己評価が高すぎるからな」
「まぁそう言うなって。ただ稀代の天才シェフと言うだけでこんなにもたくさんのラム肉料理を、ただでよこしてくれたんだぜ?」
「えっ、これ全部無料だったの?」
「そうさ」
「てっきりお前が買ってきたのかと…」
「あはは、違うよ」
涼しく笑っているベンを見て、駐屯兵のマイケルは “ったく本当にこいつは調子がいいんだから”と肩をすくめた。
その後、食事が順調に進んでいくにつれ初対面でぎこちなかった兵士たちも、次第に打ち解けてきた。
そしてここは食堂、その一角で調査兵との親睦会なるものがひらかれていると噂が噂を呼ぶ。
「おい、聞いたか? 調査兵団が訓練か何かで来てるって」
「聞いた聞いた、なんでもあのリヴァイ兵長の直属の特別班も来てるって」
「リヴァイ班だろ? かっけーよな!」
「食堂で親睦会をやってるらしいぜ」
「マジか、見にいこうぜ!」
このような会話が幾度も交わされ、いつの間にやら人だかりができてしまった。
かなりの人数が集まってきたので、ベンが仕切る。
「え~、あらかた食事も終わってるし、こうやって座ってると親睦も深めにくい。ここからはこのテーブルだけでなく、食堂全体を使ってフリータイムといこう!」
「お~!」
酒を飲んだ訳でもないのに、やたら盛り上がっている駐屯兵の男ども。
常日頃から食べるのが遅いマヤは、もぐもぐと口を動かしていた。慌ててごっくんと飲みこむと、ペトラにささやく。
「フリータイムってなんなの?」
「さぁ…。多分自由に気に入った人のところに席を移動して、個人的な話でもするんじゃない?」
「………」
眉を寄せて困った様子のマヤを見て、ペトラはぽんと肩を叩く。
「話したくないなら、時間をかけてごはんを食べてなよ。誰も食べてるのに無理やりどこかに連れてったり、話しかけたりしないんじゃない?」