第30章 映る
いつもならペトラの罵詈雑言に負けじと言い返すオルオの元気がない。
マヤはますます心配になって、オルオの顔を覗きこんだ。
「顔色が悪いわ。どうして眠れなかったの?」
「………」
悪気なんかこれっぽっちもない顔のマヤ。
純粋に心配してくれているとわかっているだけに、オルオも返答に困ってしまう。
……マヤと兵長の濡れ場に遭遇したからだよ!!!
そう叫んでしまいたいが、無論そんなことはできない。
そして濡れ場というほどのものでもないかもしれないが、愛しのペトラと訓練以外で触れることさえできずにいるオルオにとっては、オールナイトで興奮してしまうのに充分な場面だ。
「行こう、マヤ。オルオにかまってるだけ時間の無駄」
ペトラにぐいと腕を掴まれたそのとき、全然違う方向から声が飛んできた。
「もしかしてマヤ?」
振り向けばひょろりと背の高い金髪の駐屯兵がにこやかに立っている。
「あっ、ベン?」
「やっぱマヤか! 綺麗になったな! あっいや、もともと綺麗だけどさ、さらに美人になったんじゃね?」
とかなんとか調子のいいことを口にしながら近づいてきた。
「どうしてここに?」
「全周遠征訓練の途中で、今日はユトピアに泊まるの。今リヴァイ兵長が駐屯兵団の本部に行ってるわ。私たちは馬を宿屋に預けてきたところよ」
「へぇ…、なるほどね」
「ベンはユトピア区に配属だったのね」
「故郷の村がユトピアに近いからな」
なごやかに話をしている二人をペトラはしばらく遠巻きにして見ていたが、辛抱しきれずにマヤの腕を引っ張った。
「マヤ、誰なの…?」
こそっとささやき声で訊いたつもりだが、すぐ近くにいるので、ベンにも丸聞こえだ。
「あはは、これは失敬。俺はベン、マヤの訓練兵時代の同期なんだ。君は?」
マヤをすっ飛ばして直接答えが返ってきて、少々慌てるペトラ。
「あっ、ペトラです。マヤとは調査兵団で一緒なの」
「マヤの友達なら俺とも友達だな、よろしく」
さっと差し出された手を握り返したペトラの頬は紅潮している。