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アフタヌーンティーはモリエールにて

第2章 サルミアッキに魅せられて


父はネクロフィリアだったのだ。

私はテーブルに横たわるカノジョたちに頬を寄せ、愛おしげに口付けを落とす父の姿を見て、穏やかな父に潜む異常な愛を理解した。

父が一際美しい母に似た彼女の唇に、己のそれで触れるのを見て、私は静かに屋敷を後にした。

父に気付かれないように、物音を立てないように気配を消して屋敷を出て、私は近所の人に今しがた目にした父の異常性を密告することなく、真っ直ぐに自宅に帰ってきた私は、自室に入って呆然と立ち尽くす。

部屋の中心にある大きなベッドは、私が父を追って抜け出したままの状態で、まるであの屋敷で目にした全てが幻だったかのようだ。
しかしそうではない。それは私自身が一番よくわかっている。

湿った冷たい空気の中に長時間いたことで、すっかり冷えてしまった服も。ドキドキと感動と興奮で高鳴る心臓も。瞬きするたびに瞼の裏に浮かぶ美しいあのヒトの姿も。幻想だと言うにはあまりにも生々し過ぎた。

私はふらりと自分の勉強机に向かい、その一番上の引き出しを開ける。
文房具が収納されている引き出しの、一番奥。
そこにはジュニアハイスクールに入学したばかりの私が持つには、些か不釣り合いな高級感の溢れるネイビーのケースが眠っている。

それを慎重に優しい手付きで取り上げた私は、ケースを机の上に置き、蓋を開けた。

ケースの中に横たわっていたのは、黒く艶のあるオブシディアンのような艶のある万年筆。

これは亡くなった母が愛用していたものだ。
母は物語を書くのが好きだった人らしく、私がジュニアハイスクールに入学したお祝いにと、父が譲ってくれた。
母の記憶がない私が、母のことを身近に感じることができる唯一の品だ。

あそこにお母さんもいたのかな?

母は私を産み落として直ぐに亡くなったと、父は言った。
それが嘘だとは思わない。けれどその後の母を、父は同じように部屋に飾り、愛していたのかもしれない。

いや。きっと愛していたのだろう。
だって屋敷でみたあの美しいカノジョは、母にあまりにも酷似していたのだから。

窓から差し込む月明かりに照らされ青白い光を纏うそれは、まるであの屋敷で目にしたカノジョたちのようで。
私は壊れ物を扱うように、慎重に丁寧な手つきで万年筆を取り上げる。

脳裏に浮かぶのは、母に酷似した美しいヒト。
瞼を閉じるとまるで、母を抱いているようで。
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