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アフタヌーンティーはモリエールにて

第2章 サルミアッキに魅せられて


あぁ…お父さんもきっとこんな気持ちなのね。

自分の腕の中に感じる愛しいひとの気配。
永遠に変わらない。自分の元から離れていくことのない安心感と充足感。多幸感が胸に満ち溢れてくる。

私はギュっと、けれど決して力を入れすぎないように、母のそれを胸に抱く。

ふと隣から人の気配を感じた気がして、私は視線を向ける。
そこにあったのは、普段身支度をするのに使用している壁掛けの鏡。

いつもと変わらない鏡。
その中に、うっとりと微笑む女がいた。胸に手を抱き、うっとりと満ち足りたような、恍惚とした笑みを浮かべる女が、妖しく私に笑いかけて見せた。

じっとその女と視線を交えていると、不意に階下でガチャリと扉の開く音が階段を駆け上がってきた。父が帰ってきたのだ。
私は万年筆の入っていたケースだけ引き出しに仕舞うと、ベッドの中へと潜り込む。

じっと耳を澄ませると、ひたひたと足音が聞こえてくる。
その足音は徐々に近付いて、やがてカチャリ…と静かに部屋のドアが開かれた。


「……ただいま。アン。」


私の枕元まできた父は、そう言って私の頭を撫でる。
優しい手つきと雰囲気は、私のよく知る父のもので、屋敷でみた男の面影はない。

この光景を見て誰も父が巷を賑わせる連続猟奇殺人鬼で、ネクロフィリアだとは思わないだろう。それくらい、父は普段通りの穏やかで優しい父親の姿そのものだ。


「おやすみ、アン。良い夢を。」


私が眠っていると思ったのか、父は私の額に片付けを落とすと、ゆっくりと私から離れ、そのまま静かに部屋を出て行った。
父の気配が遠ざかると、私はベッドの中で震える身体を抱きしめる。

カノジョたちに触れた手で、あのヒトに触れた唇で、私に触れた。
その事実に心が、身体が震える。

あぁ…いけないわ。興奮しちゃ、お父さんにバレちゃうわ。

興奮で震える身体をギュッと抱きしめた。
すると手の中にある万年筆の存在をより強く感じてしまい、私は握った万年筆を見つめる。

そして徐にキスをして、ギュッと抱きしめる。
身体の中で暴れまわっていた興奮が、一瞬で多幸感に変わった。
直ぐにでも眠りに落ちそうな感覚に、私は静かに目を閉じる。

眠りに落ちる間際に薄く開いた眼が映したのは、黒曜石のような艶のある母の素肌に映る、妖しく微笑む女の顔。
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