第2章 サルミアッキに魅せられて
ーー丸いシルエット
ーーそれを覆う金色の毛
ーー燭台の灯りに照らされ浮き彫りになる凹凸
父が愛おしいそうに抱きしめていたそれは。
ーー人間の頭部だ。
しかし私はそれが人間の頭部だと直ぐに気付くことができなかった。
だってあまりにも美しく、そして写真でみた母に似ていたから。
燭台の灯りで照らされ淡い橙に染まる皮膚は、まるで陽の光を浴びたことがないかのように白く美しく、絹糸のような細く柔らかな毛髪が夕陽に照らされたようにキラキラと輝いている。
閉じられた瞼が邪魔をしてその下にある瞳の色は窺い知れないが、その表情は穏やかでまるで眠っているかのようで。
神秘的なその美しさと儚さに、私は思わず見惚れてしまったのだ。
どの位そのヒトを見ていただろう。
いつの間にかキッチンの方へ移動していた父が、また新たに何かを持ってやってきた。
あのヒトを連れてきたように、壊れ物を扱うように大事に、愛おしそうに抱きしめていたそれを、ゆっくりとテーブルの上に下ろす。
燭台の灯りが照らし出したのは、白くしなやかでありながら、美しい曲線を描くモノーー人の胴体だ。
それを目にして私は数年前から耳にするようになった、ある事件を思い出した。
数年前からこの町のある州の周辺で頻発している、婦女惨殺事件。
犯行は常に公共の場もしくは人通りのある場所で行われ、現場に身元特定に至るような遺体はなく、代わりに被害者のものと思わしき臓器が残されているのだ。
その手口から犯人は、解剖学的知識のある医師であるという方向で捜査は続けられているが、未だに犯人の特定にすら至っていない。
あぁ。お父さんが犯人なのね。
父の様子とテーブルの上に並ぶヒトは、一見同じようだけどみんな別人だ。カノジョたちを見て、私はそう悟った。
臓器を摘出して現場に残すのは、恐らく腐敗を可能な限り抑えるため。死体が腐敗するのは、腸内細菌が血管を介して広がることが原因だ。その原因を捨ててしまえば、腐敗速度を大きく落とすことができる。
現にテーブルの上のカノジョたちは、みんな白く透き通るような肌色をしている。
恐らくしっかりと血抜きもして、冷蔵庫で保管しているのだろう。家具はもちろん家電も、伯爵夫人が亡くなった頃からそのままの状態だ。発電機くらい持ち込んでいても可笑しくない。
つまりこの屋敷は、父の秘密のドールハウスだったのだ。