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星条旗のショアライン

第15章 【長編】2019年 Xmas企画②(MCU/鷹and邪)



「っう……!」
突然、ロッキングチェア以外の景色が七色に歪む。さながら水の中へ油が流れ込んで生まれるマーブル模様の如く怪しく光りながら、空間はどんどんと混ざり合い折り重なり合っては別の存在を形成していく。その体感は酷い吐き気をもよおした。三半規管を揺さぶるだけ揺さぶって終わりがない。一気に全身から冷や汗が吹き出して、無意識に掴んでいた肘置きは手汗で嫌な感触がする。まさか背景まで幻覚だったとは。
「吐くなよ」
「吐くわけないだろうっ……!」
身体中にまとわりつく生温い光を振り払うかのようにロッキングチェアを蹴り飛ばしながら立ち上がった。重力の均衡を崩したチェアが横倒しになった派手な音が、微睡みのようにとろけていた意識を引き締める。幸い、今の行動と音で幻覚を打ち破る事が出来たのか、妙な倦怠感も無くなっていた。証拠とばかりに空間の歪みが見事に消え去っていく。
戦うよりも荒く乱れた呼吸を省みて新たな弱点を自認している内に、どうやら見慣れたヘリキャリアの一室へ戻ってくる事が出来たらしい。さりとて安堵も束の間。顎から垂れ落ちる汗を拭って上体を起こした時、もう騙されまいとする健気な目が『真実』を捉えてしまったせいで肩がぎくりと戦慄いた。
(違う……嗚呼、そんな)
――正しくは『戻って来た』わけではない。幻覚によって見知らぬ場所へ監禁されていたと思い込まされていただけで……初めから俺はクリントのすぐ傍に居たのだ。不敵な笑みを噛んだロキの背後にある唯一の出入口には、鏡文字の部屋番号がしっかりと刻印されている。先程まで居た部屋の『隣室』であることを示す番号だ。
大それた事をしておきながら歩いて行ける距離を移動しただけという異常な事態に絶句する。見事に掌の上で転がされた俺に追い打ちをかけるかのように「楽しんでもらえたようで何よりだ」と嘯く鼻持ちならない態度のロキにも食傷気味だ。
「……俺をからかったな」
「ミッドガルドの英雄が聞いて呆れる」
「……うぅ」
まだ言うか。同じシチュエーションで似たような態度を取り易い天才実業家とは異なって、泥濘のようなしつこさで辱められていると感じるのは勘違いなどでは無い筈だ。他者の意表を突いて心中を掻き回さずには居られないというロキの攻撃的な性質がそうさせているのだとしたら、悪戯の神の名に恥じない仕事ぶりだけれど。

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