第7章 水底に落とす気持ち
「確かに良い感じだよね、僕は鰯はつみれ鍋が好きなんだけど、君は?」
「は!?え、えと、刺し身...とか...」
「お刺し身かあ」
「に、日本酒に合う...」
「ああ、ふふふ、なるほどね」
「カルパッチョもなかなかお酒に合うよ?」
「...食べたことないです」
「ほんと?美味しいんだ、たまに作るよ」
多分周りが聞いたらなんて会話してるんだと思われる内容だが、長船さんは私の言動を馬鹿にするでも呆れるでもなくむしろノリノリで乗っかって来てくれた。なにそれ...カルパッチョ気になる...じゃなくて!!
突然の話題に陰鬱としていた気持ちがどっかに言行ってしまった私は勢いよく彼の顔を見る。
「うん?どうかした?」
「あ、いや...料理、するんだなあって」
「昔からね、料理は好きなんだ...もちろん、食べることもね」
その顔は心底楽しそうな、悪戯っぽい笑顔だった。眼差しは変わらず優しく私に対して呆れた様子も気を使うというような素振りでも無かった。本当に、会話を楽しんでいる...そんな笑顔。
「君だって食べること、好きだろう?」
「わ、わかりますか」
「そりゃあね?飲みに行くといつもお酒だけじゃなく食事も本当に美味しそうにするから」
下心や駆け引きをするための顔や態度ではなくありのままの、なんの計算もない姿の君と過ごす時間は本当に楽しいんだ、と長船さんは言ってくれた。こんな事を言って貰えたのは初めてで、思わず左胸を押さえた。ギューってなってなんか痛い、ような、気がしたから。
「君が僕の作ったものを食べても、こんな風に幸せそうにしてくれるのかなって、ずっと思っていたよ」
もう、勘弁して欲しい。
さっきまでこの水槽のような深い深い水の底に心を沈めていたのに、気づけば一気に浮上しているしなんなら中にいる魚達に餌をやりたい気分だ。いや何を言っているのか自分でも意味不明なのだけれど...。
この人は私の素を見せても一緒に笑ってくれる、楽しんでくれる。同じ目線に立ってくれる。なんて凄い人なんだろう。こんなに余裕がある振る舞いが私に出来るだろうか、いや、多分出来ない。