第14章 ✼黒種草✼
§ 謙信#Side §
それから数週間後……
「では皆さん、今までありがとうございました!!」
「結様っ…ううっ……お元気で…」
「おいおい、永遠の別れでもないし近いだろ……元気でな、結」
「信玄様もお元気で」
「結様がお城に居ない生活なんて……ううっ…」
出発する当日、信玄とその家臣が見送りをしていた。
結はあちらの家臣たちに囲まれているが……まあ、今日くらいは許してやっても良いだろう。
「元気でな!」
「お前もな!甘味でも食べに行こうぜ!」
上杉と武田の者もなんだかんだで仲が良かった。
それぞれが別れを惜しむ中、信玄が俺に話しかけてきた。
「息災でな」
「ああ」
……認めたくは無いが、こいつと飲む酒は美味かった。
結と飲む酒も美味いが、それとはまた違う味の酒。
俺と信玄の城はそう遠くは無い。
だがすぐに行ける距離にあるとしても、
ここから見える景色も
人々の笑顔も
ここだけの物だ。
いくら戦狂いと言っても、民の生活を考えてこなかったわけではない。こんなに笑顔に溢れている城下を俺は作れるのか、と柄にもなく不安になった。
「暫くしてそっちの城にも城下が出来た頃に偵察にでも行くよ」
「城下、な……」
「大丈夫だ、きっとお前の所にもきっと笑顔が溢れるようになる」
少しでも弱い所を見せるとすぐにこの男はそれに気づく。
本当に腹が立つくらい人の事をよく見ている。
「要らん世話を焼くな。俺はそんな心配などしていない」
「ははっ、そりゃ悪かったな」
こいつとの距離がここまで近くなったのはいつからだろう。きっと結が来てからだ。
敵になるわけでも永遠の別れでも無いのに、色々な事を考えてしまった。
「そろそろ行く」
「ああ。……謙信」
「なんだ」
信玄は笑う。
人をからかう時の笑みでも満面の笑みでも無い、優しい顔で。
——幸せになれよ