第3章 Chapter3【お酒は飲んでも飲まれるな】
月見酒とはその名の通り、月を見ながらしっとりとお酒を楽しむことである。
……幸いにも、今日は月見酒にぴったりな満月だった。
あの後、毛利さんは「急に何を言い出すんだ」と言いたげな目で私を見ていたけれど渋々といったように月見酒を了承してくれたのだ。
「おまたせしました、毛利さん」
縁側に腰を下ろす毛利さんの元へ歩み寄り、私と毛利さんの分として用意した二つの御猪口に日本酒を乗せた盆を私達の間に挟むようにして置く。
……後はお酒を注げば、月見酒の用意が全て整うはず。
「今、お酒を注ぎますね」
「……フン」
漆塗りの黒い御猪口にこぽり、こぽりと日本酒を注いでいく。
あっという間に御猪口がお酒で満たされれば、そこへ反射した満月……いや、逆さ月が器の中に映りこんだ。
「どうぞ、毛利さん」
「…………ああ」
二人分のお酒を注ぎ終え、私は毛利さんへ御猪口をひとつ渡した。
月見酒の醍醐味は、この逆さ月だと思う。
お酒で満たされたことにより御猪口の中に浮かぶ美しい月、それが逆さ月だ。
時折波紋によって幻想的に揺らめく逆さ月。それは見る者の心を奪うほどの美しさで……私もすっかり、その逆さ月に魅入ってしまった。
「毛利さんは月見酒をしたことはありますか?」
「無いわけがなかろう。……だが、あの月は月見酒とは呼べぬほど遠すぎるわ」
「……え?そんなに遠いですか?」
「我の部屋からは、あれ以上に月がよく見えていた」
毛利さんが飲んだのを確認して私もお酒を一口飲めば、お酒特有の独特な辛味が私の喉奥を突き刺していく。
「毛利さんの部屋での月見酒はもっと綺麗なんですね、羨ましいです」
「……フン、まあ良いわ。酒は不味くないのが救いぞ」
どうやら、毛利さんはこのお酒の味がお気に召した様子。
一口、二口と飲んでいき……あっという間に一杯目が終わったため、またお酒を注ぐ。
それに合わせて私も飲み進めれば、アルコールが体中を駆け巡っていくのを感じる。
……どうしよう、日本酒ってワインよりもアルコール度数が高いのをすっかり忘れてたけど……なんとかなる、よね?