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とうらぶ 短編たち

第12章 屈曲花 千子村正


「脱ぎまショウか?」
「うん、今度ね」
村正といつもの会話。
この会話が朝一番の挨拶だなんて誰も信じないだろう。

「主、
何時になったらワタシを脱がせてくれるのデスか?」
「いや、うん。
今度ね、今度」
私の返答に大層不満そうな村正の後ろ
廊下の向こう側から蜻蛉切がちょっと怖い顔をしながら
速足でやって来ているのが見えた。
「主、申し訳ありません」
深々と頭を下げる蜻蛉切に「大丈夫」と一言。
顔を上げた蜻蛉切の頬を
ツンツンと人差し指で突っつく村正。
「主が脱がせてくれないのデス」
本気で悩んでいるという声色で村正が言えば、
「当然だ」と蜻蛉切。
私に小さくまた頭を下げて、蜻蛉切は村正を連れて行った。
そう言えば、二人は今日の畑当番だった。
頭の片隅で思い出して、自分も仕事へ取り掛かるため
執務室へ足を向けた。

朝から続けた事務仕事は昼前に無事に終わり、
お昼ご飯を食べた後、のんびりと縁側に座る。
出陣は午前中に終わったし、遠征はナシ。
内番も終わったのだろう。
短刀たちが遊ぶ声が聞こえるし、
その声に混じって「兼さーーん!」と堀川君の声も。

千子村正。
刀に疎い私でも知っているその名前。
それ程に有名な刀。有名な噂。
刀剣男士としてこの本丸に顕現した彼は
その噂をまるっと呑み込む様な性格で。
huhuhu…と笑う姿と横で申し訳なさそうに立っていた蜻蛉切。
それが村正との初対面だった。

村正は本丸内で私を見かける度に
「脱ぎまショウか?」
と言い、
最初は戸惑っていた私もその回数の多さにすっかり慣れ。

村正。妖刀村正。千子村正。
いつからだろう。
本丸内で彼から声をかけられる事が嬉しくなって、
その声を待ち望むようになったのは。
村正がどんな意味を持って
「脱ぎまショウか?」
と言っているのか、私には分からない。
きっと彼の理解者である蜻蛉切に聞いても分からないだろう。
多分。

私は知らず知らずの内に心を村正に寄せていた。
まるで太陽を望む花の様に。

空の高い所で輝く太陽を見上げていると
「主、」
声をかけられた。
視線を声の方へ向ければ、村正が立っていた。
こちらからは逆光で表情が読めない。
まるで、村正の頭の中の様。
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