第8章 螺旋記憶ー従兄妹
「……羽奏」
ガラリと真っ白な扉を開けた。
上体を起こしたベットに預けて、ぼおっと窓の外を見ていた羽奏が、いつも以上に小さく、消えそうに見える。
さっき医者が出ていったから、もう症状の説明は受けているんだろう。
羽奏の父さんのことも。
母さんから電話があって、羽奏と羽奏の父さんが病院に運ばれたって聞いて、母さんの車で向かった病院で、羽奏と羽奏の父さんが交通事故にあったと知った。
俺が見た事故現場だったらしい。
すぐ近くに人がいて、直ぐ搬送されたらしいけど、羽奏の父さんは間に合わなかった。
羽奏を庇うようにしてトラックに跳ね飛ばされて、頭の怪我が酷くて、ほぼ即死だったらしい。
羽奏はといえば、右足がトラックと電柱に挟まれたらしく、右足…特に膝から下がボロボロになってしまった。
普通に歩けるようになるまででも、1年くらいかかると聞いた。
「羽奏、」
俺は、何を言えばいい?
「………光ちゃん」
壊れた人形のようなぎこちない動きで俺に振り向いた羽奏の目は、どこか行き場を失ったように彷徨っていて、きらきらとした瞳で俺に抱きついていた時とは別人のようで、俺の心臓が嫌な音を立てた。
「お父さん、死んじゃった」
「っつ!!」
「私が喧嘩して、外出たから?わたしを庇ったから?
私、大嫌いって言ったままだよ」
ぐらぐらと揺れて定まらない視線と、どこまでも平坦な声と表情のちぐはぐさを見ていられなくて、視線を逸らす。
「私のせいで、お父さん死んじゃった。
バレー、もう出来ない。楽しかったのに!お父さんと、バレーの話すると、お父さん、お母さんの話ししてくれて、楽しかったのに!」
あぁ、そうだった。
羽奏を産む時に死んじゃった羽奏の母さんと父さんは学生結婚で、羽奏の母さんの中、高の部活は女バレだ。スパイカーだったらしい。
「…光ちゃん。わたし、ひとりになっちゃった」
「そんなことねぇ!!」
俺より小ちゃな羽奏を世界から守るように抱きしめて、ぎゅうっと小さな手を両手で包み込む。
「俺がいるから!
俺はお前の従兄だから、側にいるから!羽奏は1人じゃねぇ!!
バレーだって、俺が、お前の分も勝つから!飛ぶから!コートに立って、最強になるから!」」
何の悪気も無かったその言葉が、羽奏を傷つけるなんて、俺は考えも出来なかった。