第11章 死者の夢
不安を言い当てられた気がしてローは動揺した。そんなローを感じ悪く笑って、青虫は水タバコに火を入れる。
「この島はまるで楽園だ。二度と戻らないと思ったものが、当たり前の顔で出てきやがる。だがそんなことが本当にありうると思ってんのか? ……この島は楽園の顔をした牢獄だ。幸福っつーエサで人間をおびき寄せて捕食してる」
一息で言い切り、青虫は水タバコの煙を吐き出した。ハッキリと言い切りながらも、青虫の声は震え、手は今にも煙管を取り落としてしまいそうだった。
「……胡蝶の夢を知ってるか?」
「いいや」
「古い思想家の説話さ。美しい蝶になる夢を見て、目が覚めた。だが果たして自分は蝶になった夢を見ていたのか、今の自分が蝶の見ている夢なのかってな」
「これが全部……夢だって言いたいのか」
顔を歪めて青虫は笑った。虫の姿でぐるぐると壁や天井を這い回り、惑わすように助言する。
「勇気があるなら、街の人間に誕生日を聞いてみな。面白いことがわかるだろうぜ」
水タバコを吸いながら青虫は哄笑した。とても正気の人間の笑い方ではなかった。
「ミギー? いるの?」
外からの声に青虫はベッドに飛び込んだ。洞窟の入り口に背を向けて、青虫の姿で耳をふさぐ。
「違う、姉ちゃんは死んだ……っ、こんなところに居るわけない! 全部ウソだ……っ」
その姿はまるで、幸福に怯えているようだった。
ローが外に出ると、地上でバスケットを抱えた女が困惑顔で声をかけてきた。
「あの……すみません、上に金髪の女の子がいませんでした? 妹なんだけど――」
姉を名乗る女は、人間の姿の青虫とよく似ていた。顔に大きな傷跡があり、誰かに拷問されたのがうかがえる。
思えばこの島にはそういう傷を負った人間が少なくなかった。まさしくコラソンがそうであるように――。
「せっかくこの島で再会できたのに、ちっとも会ってくれないの。まだ混乱しているのかしら……」
食べ物を持って訪れた姉の様子は、妹を心底心配しているように見えた。
「……青虫なら上にいた」
「そう。ありがとう……あなた、あの子のいい人?」
「違う!!」
長居すると妹のことを頼まれそうだったので、ローはその場から足早に離れた。
(会いに行くんじゃなかった……っ)