第11章 死者の夢
不気味な笑い声を上げてチェシャ猫のミケが意識を取り戻した。病院と気づくや注射を恐れたのか、引きつり笑顔でそのまま姿を消す。元気そのものだった。
それでもコリンはほっとした様子で、「ん!」とローに貯金箱を差し出した。さすがに子供の小遣いを巻き上げるのは気が引けて、「金はいいから青虫を探せ」とローは診察代の代わりに労働を命じた。
「青虫? 釣りでもするの?」
「そうか、釣りのエサ用か……?」
「……?」
「に探してくれって頼まれた」
「え。ちゃん青虫触れるの……? アリスは悲鳴あげて隠れてたよ」
一般的な反応はそうだろう。少年の夢を壊さないため、ローは昔食ったことあるらしいと言うのはやめておいた。
「青虫は岩棚にいる」
棚の上に隠れたミケが、不気味な笑みを浮かべながら言葉を発した。
ローが試しに注射器を出すとさっと透明になって逃げ出したが、ぱたぱたと駆ける足音を頼りに、ローは患者を捕獲した。
「せっかくだから栄養剤の一つも注射してやる。……青虫がなんだって?」
「青虫は岩棚にいる! 青虫は岩棚にいる! 破滅は近い、あがけ人間!」
「助言どうも」
ブスっとやるとミケは「ふぎゃー!!!!」と断末魔のような声を上げた。飼い主のコリンまでローに恐れをなして、フードをかぶって部屋の隅で背を向けてぶるぶると震えている。
「よし、連れて帰っていいぞ。岩棚ってどこだ」
「森の反対側。城壁山脈の近くだよ。そこの洞窟に変な人が住み着いてるって聞いたことある……」
「そいつが青虫?」
「人間だったと思うけど、よく知らない。母さんがあの人に近づいちゃダメだって。コラさんと違って意味不明なことばっかり言ってるんだ」
が知っていたとは思えないのだが、青虫とはそいつのことだろうか。
「……なあ、その猫」
ひどいめにあったとばかりに、ミケはめそめそしながらコリンの腕の中で甘えていた。そうしていると、とてもさっき破滅を語った不気味さとは結びつかない。
(破滅って何なんだ……)
ローの視線に怯えるように、ミケは引きつったニヤニヤ笑いを浮かべていた。
「なに? もうミケいじめないでよ」
「お前が連れてきたんだろ。……もういい、今日は好物でも食わしてやれ」