第10章 お別れ
「船長さん。休んでいかないの?」
ロビーにいたのはジルだった。もう朝方なのにずっと起きていたのかと驚くローに、「帳簿を見返したりとか、いろいろ仕事があったから」と彼女は微笑む。
金を渡そうとすると、ジルは固辞した。
「受け取れないわ。あの子は娼婦じゃないし、あなたも彼女を買ったわけじゃない」
「なら部屋代だ。娼婦になれるかもわからない娘を何人も抱えちまって、この先厳しくなるだろ」
押し付けるとやっとジルは受け取った。
「……また来てくれる?」
「船の修理に一ヶ月くらいかかる。気が向いたらな」
「約束よ」
ローの頬にキスして、ジルは店先でずっと見送ってくれた。
◇◆◇
(疲れた……)
船の自室に戻ると、どっと疲れが襲ってきた。を失った悲しみや、理不尽への怒りをぶつけるようにカナリアを抱いたが、それで気分が晴れるわけでもなく、ローは倒れ込むようにベッドに横たわる。
『キャプテン、元気出た?』
(全然……)
セブタン島でが心配してくれたときは、満たされた幸福で、どんな悩みもささいなことだと思ったのに、今は真逆の感情に支配されて体が重い。
(誰も……)
誰もの代わりにはなれない。思い知った現実がローを打ちのめした。
もう二度と、あの時間は手に入らない。好きな相手が好意を返してくれて、何があっても一緒に支え合える安堵を得ることは永遠にないのだ。
絶望に沈んだまま、気づけば眠って、の夢を見た。
そーっと足音を忍ばせて、は毎日ローを起こしに来た。低血圧の船長は寝起きの機嫌が悪い。誰も起こしに行く係をやりたがらなくて、必然的にはその専任になった。
そろりそろりとやってきて船長の頭を好き放題撫でるを、毎朝ベッドに引きずり込んで捕獲した。
『もう、今日も狸寝入り!』
『いま起きたんだよ』
『起きたばっかりの動きじゃないよ……』
毛布でくるまれ捕獲されたは、今日も負けちゃった、と口を尖らせる。
『勝者に賞品がほしいな』