第10章 お別れ
を悼んでくれるのはうれしい一方で、もう彼女は永遠に戻らないのだと突きつけられるようでもあった。
「……部屋に行きましょう」
酒もすすまず黙りこくっているローを見て、気遣うようにジルは手を握った。
「今日は休みじゃねぇのか」
「あなたは特別よ。私達の命の恩人だもの」
心がからからに乾いているから、ぬくもりが欲しかった。立ち上がってうながされるまま部屋へ行こうとしたローに、背後から声がかかる。
「あの……私を買ってもらえませんか」
ボロボロで虚ろな目をした若い娘だった。美しい銀色の髪に見覚えはなかったが、少しして、それが頭巾とシスター服を脱いだあの少女だと気づく。
ロートレックを殺そうとしたローを気丈に止めた彼女だが、もう見る影もなかった。保護され、安全だと気づいたからこそ、蓋をしていた絶望もあふれ出したのだろう。
「カナリア、そんなことしなくていいんだよ」
ロリキートがそっと引き戻そうとしたものの、カナリアと呼ばれたシスターは首を振ってすがるようにローを見た。
「巡礼の旅の途中だったんです。突然海賊に襲われて……男の人は殺され、女はみんな捕まって、口に出すのもおぞましいことを無理やりされました。何度も何度も……あの記憶を消したい。もう思い出したくないんです」
拒めば命を断ってしまいそうなほど、カナリアは追い詰められた様子だった。だがローは縋るように伸ばされた手を掴むわけにはいかなかった。
「……俺も海賊だ。傷口が広がるだけだぞ」
もはや言葉もなく、泣きながらカナリアは首を振った。ほかに希望はないのだと言うように、ローに縋りつく。
――こんな風に絶望に打ちのめされる日が、にもあったんだろうか。
そう考えたらもう拒むことはできなくて、力なく座り込んだカナリアを、ローは抱き上げた。
「船長さん……」
「悪いな、ジル」
首を振ってジルは「ありがとう」と言った。部屋まで先導して、両手がふさがったローのために扉を開けてくれる。
ベッドにカナリアを下ろすと、ジルは扉の方までローを引っ張って、小声で伝えた。
「一応、ドクターに診てもらったんだけど……」
「病気の心配ならわかってる。俺は医者だ」
びっくりしてジルはローを見返した。
「本当に、船長さんってどうして海賊なんてしてるのか不思議ね」