第10章 お別れ
屈託なく笑って、娼婦はローを捕まえる。逃げられそうになかった。
「……名前は?」
「ロリキート」
にこにこと笑う彼女は、南国の鳥のようなカラフルなドレスを着ていた。胸と足が大きく出ているデザインはいかにも娼婦の特徴だったが、艶めかしさよりも健康さが目につく肌だった。
ローの手を引いて店へと向かって歩きながら、ロリキートはロートレックがいかに嫌な男だったか語った。伝聞のようだが、やけに詳しい。
困惑することは他にもあった。ロリキートが案内したサロン・キティの分館には「本日休業」の札がかかっていたのだ。
「こっちこっち」
ロリキートは裏口に案内して、ローを中に入れる。不可解な疑問は、店に入ると全部とけた。
入り口ホール兼ロビーになった広い空間には、ロートレックに飼われていた娘たちが保護されていたのだ。
「久しぶりね、船長さん」
「……ジル?」
出迎えたのはセイロウ島で顔なじみになった娼婦だった。黒髪美人のジルは柔らかく笑ってローに両手を伸ばす。
「再会のハグはないの?」
「俺がするのかよ」
それもそうね、とジルはローに抱きつき、背伸びして頬にキスした。
「今はここを仕切ってるのか?」
「ヘルプに来ただけよ。それにしても船長さんって行く先々で騒ぎを起こすのね。懸賞金も上がる訳だわ」
更新された自分の手配書を見せられ、ローは目を細めた。
「……1億5千万?」
「ヘイアン国で大暴れしたんでしょう? 新聞で大きな記事になってたわ。静寂のモア大佐が、あいつは自分が絶対捕まえるって」
ツバメをバラした一件を怒っているのだろうか。ブラッドリーをくれてやったから、トータルでは利があったはずだが。
「自分の手配書なのに見てなかったの?」
「連日嵐でニュース・クーが来なかったからな」
ロビーの座り心地のいいソファに座ると、どっと疲れが出た。のいない海はまるで楽しくない。それを知ってしまった気疲れもあるのだろう。
「……のこと聞いたわ。マリオンがサロン・キティに連絡をくれたの」
酒を作って隣に座りながらジルは悲しそうにささやいた。サロン・キティでは娼婦たちに可愛がられていたから、妹分のようなものだったのかもしれない。