第1章 彼女を2度愛したA
来客用のソファへ向かい合って座る。
沈黙が破られることはしばらくなかった。
どこから話せば良いのだろう、どう話せば彼に納得してもらえるのかそればかりぐるぐる頭を駆け巡った。
しかしいずれは話さないといけないことなのだ、自分が思った展開ではなかったがやっと口にすることができると思うと
嘘を吐き続ける荷が下りてほんの少し気が楽になれた。
『…5年前に足を洗ったつもりの私がポートマフィアに拉致されて敦くんの生け捕りの仕事を持ち掛けられたの』
「…」
『私は表向きに死んだことになっていても
それでも大金を使ってでも私を追うほど恨みを持つ人はいたわ
私は逃げ続けるのに疲れてしまって身の安全を条件に仕事を引き受けた』
「少なくとも僕の懸賞金に目が眩んだとかじゃないんですね…」
『…物心つく前から殺しはやってて報酬もロクに手を付けてないしお金には困ってないの
ただ私は…人を殺すことしかできないそういう異能だから…
仕事を引き受けた私は偶然を装ってあなたに近付き適当に付き合ってから生け捕りにするはずだった…』
「…子規さんはホントに僕を嵌めるつもりだったんですか?」
『そう、最初はそうだった
誤算なのは私があなたを好きになってしまったから
一目見てからずっと、笑っちゃうでしょ』
「信じると思います?」
『わかってる、でも最後まで聞いて
こんなバカなハニートラップしなくても生け捕りにすること自体難しい話じゃなかった
ホントはもっと短期間で済む仕事だった
それでも今までダラダラ時間を潰したのはあなたといたかったから…』
「…」
『あなたを生け捕りにできない以上、ポートマフィアに終われるしかない私は…最後の想い出に…
夜景で…想い出作りをするつもりだった…』
途中で涙声になり、最後の辺りがハッキリ喋れなくなった。
『せめて…せめて敦くんに人殺しなんてバレないうちにさよならしたかったなぁ…』
目の前の僕の想い人が実は僕を生け捕りにするつもりで
嘘にまみれながら僕に近づいた。
怒りも悲しみよりも上回るのは喪失感。
この人は僕への愛を貫くために、追われる身として姿を消そうとしている。
そんな価値もない僕をこの人だけは愛してくれた。
やだ
いやだ、やだやだやだ
こんなのは嫌だ
気づけば彼女をソファの上で押し倒した。