第1章 My Sweet Valentine
そのうちショーターは大きないびきと共に本格的な眠りに入ってしまって、その筋肉質な腕の中からなるべく静かに抜け出すのにかなり苦労した。
すぐ寝ちゃうなんて、よっぽど春節で騒いで疲れてるんだなぁ・・・
窓際にさっき渡しそびれた手作りのチョコレートとメッセージカードを置いて、階下に降りた。
店をのぞくとお客さんはもう数える程しかいなかった。
結局わたしはマーディアと二人で、マーディアの絶品晩御飯を食べた。
一緒にお皿を洗いながら、マーディアは自由すぎる弟でごめんね、とまた苦笑したけれど、わたしは全然いいよ、と笑った。
ショーターがこんな風に気を許してくれることが何よりも嬉しかったから。
ほんとはショーターが捻挫しちゃって、ちょっとホッとしてる。
だっていつも何か無茶するんじゃないかって気が気じゃないから。
あなたの世界はわたしよりずっと広くて、背負ってるものもずーっと大きくて。
あなたが強いことは充分知ってるつもりだよ。
でもそれでも心配なの。
フラッとどこかへ行ってしまうんじゃないかって。
だからたまにはこうして身動きとれなくなって、ずっと目の届くところにいてくれたら。
なんて、不謹慎なことを思っちゃった。
「寒いなぁ」
マーディアに見送られながら張大飯店を出て、一人で歩く二月のニューヨークは凍えるほどに冷たかった。
手袋、持ってくればよかった。
無意識にコートのポケットに手を突っ込む。
「・・・ん?」
指先がコツン、と何かに触れた。
何か入れてたっけ?と思いながら引っぱり出すと、大きな飴玉の包み紙と、それに貼り付けられた小さなメッセージカード。
“You are sweeter than candy, honey.”
「こんなの、いつの間に・・・」
あの脚じゃ、買い物になんて行けなかっただろうに。
家の中、探したのかな。
ふふっ、と笑みがこぼれる。
大きな包み紙を開いて、まるい飴玉を口に放り込んだ。
「おいし」
寒くて、でも甘くてあったかい、不思議な気持ちだった。
「来年のバレンタインは一緒にディナーしようね、ショーター」
雪の降り出しそうな空に向かってそう、呟いた。
ーENDー
追記:翌週チャイナタウンに来た時、ショーターはパレードの目の前に突然飛び出してきた子どもを咄嗟に避けようとして転んだんだって、ラオが教えてくれた。