第1章 My Sweet Valentine
ショーターが足首を捻挫した。
昨日の春節※のパレードで獅子舞の前脚に入っていたら、勢い余って転んだらしい。
どうせ綺麗なお姉さんにでも見とれていたに違いない。
この時期はいつにも増して赤色の飾り付けの目立つチャイナタウンに足を踏み入れる。
中国では「赤」は縁起のいい色とされているらしい。
地面にはこれまた赤の爆竹のゴミが散らばって、ちょっと目がチカチカした。
「あら、来てくれたのね」
「マーディア、Happy Valentine's day!・・・と、あけましておめでとう!」
久しぶりに張大飯店の看板をくぐると、ショーターの(似ても似つかない)お姉さんが百合のようにたおやかに微笑んで迎えてくれた。
時刻は午後七時。
店内はお客さんで溢れかえって猫の手も借りたいほど忙しいだろうに、マーディアは本当にできた人だ。
「これ、わたしに?」
隙を見て可愛くラッピングされたチョコレートの包みを渡すと、マーディアが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、が来るって分かっていたらわたしも何か用意しておいたんだけど・・・。そうだ、上がっていくでしょう?後でとびきり美味しい晩御飯を用意するわ」
マーディアの言葉にわたしは満面の笑みを浮かべた。
彼女の料理は天下一品だ。
「ほんとっ!?じゃあわたしも手伝うね!」
「あら、手伝わなくていいのよ。それよりあの子の様子を見てやってくれる?たぶん上で寝てるわ」
「まだ普通に歩けないの?」
「そうみたい。あまり無茶しないようにが叱ってくれると助かるんだけど」
「えぇ・・・?マーディアの言うことも聞かないのに、わたしの言うことなんて聞くわけないよ」
そうね、と苦笑するマーディアに向かってため息混じりに呟いて、店の奥の階段を登る。
二階の一番奥の部屋に、その人は居た。
暖房もつけずにベッドの上で布団にくるまって、後ろ頭だけが見えている。
ショーターがこんな時間に家で大人しく寝てるなんて。
槍でも降りそうだ。
「どうせ綺麗なお姉さんにでも気を取られたんでしょー?」
近付いて挨拶がわりにそう声をかけると、大きな身体がくるりとこちらを向いた。
※春節・・・中国の旧暦のお正月。
ニューヨークのチャイナタウンでも獅子舞やドラゴンが舞ったりして盛大にお祝いする。