第3章 Icy doll
「マジかよ。こんな雰囲気の店、絶対来ねぇと思ったぜ」
俺の姿を視界の端に見つけるなり、まだ柔らかい初夏の陽射しに照らされたグリーンアイズがイタズラっぽく笑った。
「おい、アッシュ・・・来ねぇと思うなら呼ぶんじゃねぇよ、俺は忙しいんだ」
インテリ感満載のメガネと小綺麗な服を身にまとい、傍らにはアイスコーヒーと何やら難しげな雑誌。
日曜日の昼下がり、自由で優雅な読書の時間ってとこか。
イーストリバー沿いのこの小洒落たカフェに、アッシュ・リンクスの姿は憎たらしいほど溶け込んでいた。
「へぇ、そりゃお忙しいとこ御足労悪かったな。・・・あ、後ろ頭に寝癖がついてるぜ」
お見通しだとばかりにメガネの奥の瞳が細まった。
「え、マジ!?」
実はアッシュから連絡が来るまで昼寝をしていた。
慌てて後頭部に手をやってみたけれど、そもそも俺の後ろ頭は今刈り上げていて、寝癖がつくほどの毛がなかったことに気づく。
アッシュはそんな俺の動きをニヤニヤしながら眺めていた。
・・・ますます憎たらしくなってきたな、こいつ。
小さくため息をつきながらインテリギャングの向かいの席にドカッと座った。
「ご注文は?」
着席と共に声を掛けられた。
反射的にそちらの方を向いた瞬間、目を奪われた。
まばゆいばかりのプラチナブロンド。
シルクのように滑らかな肌。
全てのパーツが絶妙なバランスで配置された小さな顔。
すらりと伸びた手足。
だけど一瞬で俺の視線を奪ったのは、どこまでも青く透き通るような、ふたつの大きな瞳だった。
このカフェの軒下から一歩外に出れば、この瞳と同じ抜けるような青が空に広がっている。
「・・・・・・・・・」
俺は今にも吹き出しそうになっているアッシュの視線も忘れて、思わず息を飲んだ。
「ご注文は?」
まるで機械のように、彼女は同じセリフを全く同じ調子でリピートした。
「あ・・・・・・えぇと、同じやつ、を」
今度は自分が機械になったかのように、俺はアッシュの目の前に置いてあるアイスコーヒーを、ぎこちなく指さした。
「かしこまりました」
彼女は俺の席にあった簡易のメニューを流れるような手つきで回収し、ヒールを履いているのに足音も無く去っていった。
呆然としている俺に、我慢しきれなくなったアッシュがついに吹き出した。