第9章 9
キッチンに着くと…
「キミはあんまり濃いコーヒーは得意じゃないよね?」
アーサーに問いかけられる。
「ん…あんまり詳しくわからないけれど、苦味が強いのは少し苦手かも。」
「そ?りょーかい。それじゃ軽めに淹れるね。」
言いながらアーサーは慣れた手つきでアルコールランプに火をつける。
「わぁ、なんかプロみたい!」
その姿に感心して声を上げると
「なーにそれ?…知ってる?サイフォンって俺が生まれる少し前に作られたんだよ。だーかーら、サイフォンでコーヒーを淹れるのには慣れてるの。それに俺コーヒー好きだしねー。」
「アーサーの生まれる前?」
ヴァンパイアになる前の、人間だった頃のこと…?
私にはその感覚が無くて、少し不思議な気持ちになる。
「そっか…アーサーは元々人間だったんだもんね。なんだか変な感じ。」
そう呟くと
「うん。俺もなーんか変な感じー
もうこの姿で居るのに慣れちゃったし、自分が一度死んで蘇ったっていうのも今となっては夢だったんじゃない?って思うなー。
それくらい不思議ってコトね。」
そっか…アーサーは一度前の生を終えてここに居るんだよね…
‘死’という概念も無く、‘生まれる’という概念もなく…気が付けばこの姿で居た自分とは随分と在り方が違うんだ。と改めて実感した。
黙り込んでしまった私に気が付いたアーサーは
「でも俺には叶えたい望みがあったから…伯爵に蘇らせてもらって、本当に感謝しているんだ。」
「そう、なんだ…?」
ヴァンパイアになってまで叶えたいアーサーの望みってなんだろう。
気になる…けれど聞いていいのかわからなくて、また黙り込む。
「ねー、アナスタシア?どーしたの?」
そんな私の顔を不思議そうに覗き込みながらアーサーが聞いてくる。
「ううん。なんでもない!気にしないで。
それよりもアーサー、もうコーヒー良いんじゃない?」
慌てて話題を変えてサイフォンを示す。
「あー、ホントだ。うん、良い香り。
お待たせアナスタシア。一口目は砂糖もミルクも入れずに飲んでみて?」
カップに注がれたコーヒーからは良い香りが漂っている。
私は言われた通りにお砂糖もミルクも入れずに一口飲む。
あれ…苦いと思っていたのに…意外とスッキリしてて飲みやすいかも…